受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

最新中学入試情報

2015年度中学受験  サピックス小学部第25期生/親子で歩んだ 受験の軌跡

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進学校:攻玉社中学校

過酷な環境を乗り越えて H.Mさん ●お子さんの名前 Aくん

 合格発表のとき、私は一人でweb画面の合格者一覧のなかから息子の受験番号を探した。受験したほかの学校はすべて、web上のマイページに「合格」か「不合格」が表示されていたので、たくさんの受験番号から息子のものを探したのは、このときだけであった。
 攻玉社中は、これまでの模試の結果では、合格可能性はすべて20%であり、試験を終えた当日の本人の反応も微妙だったため、「あるのかな?」という思いで受験番号を探していた。特待生合格者の欄には息子の受験番号はなく、下段にある合格者欄に目をやったが、探すのに時間がかかった。息子の受験番号を見つけたときは、「見間違いじゃないのか? 受験番号の記憶違いじゃないか?」と思ったほどであったが、自然と涙があふれた。
 すぐに、他校の午後入試を終えて帰宅途中の息子に電話した。「この番号だったよね? 合格おめでとう‼」と言ったが、涙声だったためか、なかなか伝わらず、「メールして」と言われてしまった。帰宅後、合格者の欄に自分の番号があるのを見て喜ぶ息子の姿は、いまでも忘れられないくらい感無量であった。
 本当は、妻が書くはずだった受験体験記。ところが、小学校生活最後の夏に妻が長期入院したため、急きょ、父と子で受験勉強に取り組むことになった。妻の不在により、食事や洗濯なども含め、日常の生活は激変した。そのうえ、2歳8か月の娘がおり、母親がいなくなった不安と寂しさで手がかかり、私は仕事と家事・育児で精一杯であった。もはや息子には、自力で受験勉強をしてもらうしかなかった。
 それまで、息子の勉強は妻に任せっきりで、私はサピックスに迎えに行ったり、中学校の文化祭に一緒に行ったりするくらいだったので、中学受験の要点を把握するのに苦労した。ただ、サピックスの保護者会で、現状や学習における留意点、今後のスケジュールをていねいに説明していただいたので、家庭学習の指針として、とても役に立った。要は、「授業の復習」と「基礎力トレーニング」、理科と社会の「コアプラス」、「漢字の要」をしっかりとやるように、とのことだった。しかし、息子の場合は「文字をていねいに書く」「暗算をせずに、途中の計算式を書く」という基礎的なことができておらず、そこに課題があった。私自身が子どものころ、本当はできるのに面倒で解答を写したり、計算機を使ったりしていたので、自分と同じ気持ちなのだろうなあと思いつつも、それでは成績が伸びるわけはないことを本人が気づくしかなかった。ただ、夏以降、就寝前に「明日やることリスト」を自分で作り、今日どこまで終わったのかを自分で管理するという取り組みはよかったと思う。日々計画を立て、実施し、振り返る訓練をすることで、少し長いスパンで行う過去問対策の計画もできるようになっていった。
 志望校選びにおいては、5年生のときに文化祭などで各校を回るなかで、歴史好きの息子にとっては歴史研究部の充実しているところがよいと思い、そのような学校が有力候補となった。
 受験を終えたあと、「攻玉社に絶対合格する」と、昨年の夏休みに書いたノートを息子が見せてくれた。最後まであきらめずに合格を信じる強い“想い”を有言実行したことはとてもすばらしい。
 結局、妻は退院できず、合格発表の結果を病室にて一人で待っていた。妻に電話で報告するとき、息子は、「お母さん、ぼく、合格したよ。だからお母さんも早くよくなってね」と優しく、温かいことばをかけていた。息子にとって過酷な半年間だったが、母親と距離を置かざるを得ない状況で、精神的にも強くなったと思う。また、「志望校に合格するって、こんなにうれしいことなんだね」とも言っていたが、忍耐強く、一生懸命にがんばった成功体験を今後の人生の糧にしてほしい。最後の半年間だけだったが、中学受験という山に息子と二人三脚で本気で登り切るという経験ができ、かけがえのない時間を過ごせた。いまとなっては二度と一緒に登ることのない寂しさもあるが、これからの歩みを見守っていきたい。
 3年間、最後まで息子の力を信じて、励まし、サポートしてくれた先生方、忘れ物の多い息子に親切に対応してくれた受付の方々、そのほかの関係者の皆さまに、心より感謝しております。

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