受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

さぴあインタビュー/全国版

「ありのままの自分」を原点に
高い知性と豊かな感性、
未来への確かな意志を育む

横浜雙葉中学高等学校 校長 藤原 恵美 先生

社会に出て初めて実感できる
世界とつながるキリスト教

聞き手1
サピックス
教育情報センター所長
神田 正樹

神田 初めに学園の沿革と、先生が学園にかかわってこられた経緯についてお聞かせください。

藤原 本校は、1872(明治5)年に修道女として初めて日本を訪れたマザー・マチルドによって創設されました。設立母体である「幼きイエス会」は、1662年にニコラ・バレ神父によって開設された修道会です。バレ神父は、フランスのルアンという町で貧しい子どもたちに勉強や手仕事を教えていましたが、後に女性教師を集めていくつか学校をつくりました。その学校の一つで学んだのがマザー・マチルドです。

 マザー・マチルドは子どものころ、日本を紹介した本を読んで、日本人の精神性にあこがれ、将来シスターになって日本の子どもたちのために尽くしたいという思いを持ち続けていました。しかし、なかなか訪日の機会がなく、マレー半島の修道院で院長をされた後、ようやく58歳のときに日本に来ることができました。まだキリスト教の信仰や布教を禁じられていた時代でしたが、小さな家を借りて、恵まれない子どもたちのお世話をし、また横浜の居留地に住む外国人の子女の教育をするうちに、日本の子女にも教えるようになりました。それが本校の始まりです。

 わたしは本校とは別のキリスト教系の中学・高校・大学で学び、英語の教師として本校に着任しました。その後、アメリカに渡って日本語を教えていましたが、前校長の千葉拓司先生が就任されるときにお誘いいただき、14年前に戻ってきました。アメリカに行く前の期間と合わせると、本校での在職は今年で合計21年目になります。

神田 マザー・マチルドは子どものころからの夢を実現させたのですね。やはり夢は、人として何かを成し遂げる起点になるのだとあらためて思います。

藤原 ですから、どこで育つかという環境の選択はとても大事です。子どもたちは学校の創設についてはあまり興味を持たないかもしれませんが、バレ神父、そしてマザー・マチルドから受け継いだものは、毎日の学校生活を通して知らないうちに身についていると思います。

 わたしは新任のときは「泣き虫えみちゃん」と言われていました。反抗期の生徒と衝突しては泣いていたからです(笑)。その時代の教え子が今、50歳ぐらいになっています。先日、ある同窓会に顔を出したとき、卒業生の一人が話していました。彼女はイタリアと貿易をする仕事をしているのですが、現地の方と話をするとき、自分がカトリックの学校を出たことがわかると、相手の態度ががらりと変わって、とても仕事がしやすくなったそうです。「聖書を学んでいてよかった」と言っていました。

神田 国際社会に出たとき、キリスト教を学んでいると大きな力になりますね。

藤原 ヨーロッパには、絵画でも文学でも、キリスト教を題材にしたものが多くあります。聖書を知っていると、それだけで世界の人たち、特に西洋の人たちと親しくなれます。生徒たちも、そのありがたみがだんだんわかってくるのではないかと思います。

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18年9月号 さぴあインタビュ ー/全国版:
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