受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

さぴあインタビュー/関西情報

「やってみなはれ精神」と
主体的に学ぶ探究学習で
生徒の心に火をつける

雲雀丘学園中学校・高等学校 校長 中井 啓之 先生

「孝道」を中心とした
全人教育に力を入れる

藪田 初めに、貴校の歴史から伺いたいと思います。

聞き手1
サピックス小学部
西宮北口校・住吉校校舎責任者
藪田 謙一郎

中井 本校は1949(昭和24)年に兵庫県川辺郡西谷村立西谷小学校の分教場として、現在の宝塚市雲雀丘の地に開校しました。この辺りは、関西の財界の方々が、市街地よりも良い環境を求めて居住地として開発した地域ですが、それまで地元に学校がなかったため、子どもたちは遠くの学校、たとえば現在の大阪教育大学附属池田小や池田中などに通っていました。ですから、地域に学校をつくることは、地域の方々の切なる願いでした。

 本校の設立にかかわった人々は、ゆくゆくは本校を一大学園に育て上げたいと考えていました。その中心となっていたのが、初代理事長である、サントリー創業者の鳥井信治郎です。しかし、同社には「陰徳(人に知られないようにひそかにする善行)」という考え方があるため、鳥井信治郎自身は表に出ることはなく、学校設立に足りなかった金銭の支援や土地の提供などをしてくれたのです。そして、翌1950年に雲雀丘学園が学校法人として認可され、同年に小学校と幼稚園を、53年に中学校を、56年に高等学校をそれぞれ設置されました。

 建学の精神については、どういう人間を育てていくのかを設立メンバーで話し合い、大きな柱を「孝道」としました。それは、鳥井信治郎が、親孝行な人はどんなことも立派にできるとして「孝道」の大切さを唱えたためです。そして、ほかのメンバーから挙げられた「社会に貢献する精神」「素直な心」「感謝の念」なども盛り込み、雲雀丘学園の建学の精神が定められました。

 もう一つ、鳥井信治郎のことばとして本校が取り入れているのが、有名な「やってみなはれ」ということです。「親孝行」と「やってみなはれ」は、今の時代も大切なことばであると思います。子どもたちにしっかりと受け継いでほしいという気持ちで、教員一同、取り組んでいます。

 また、初代校長の板倉操平先生は、「私学は公立の代用ではない」と言いました。これは、私学を受験する皆さんには、ぜひ知っていただきたいことばです。私学は進学実績だけを追っていてはいけない、私学でしかできない特色のある教育をしなければならないというのが、板倉先生の考え方です。ですから、本校は少人数の教育を大切にしており、これ以上、学校を大きくしようとか、大学をつくろうなどといったことは考えませんでした。公立学校のようなマスプロ型の教育を行うのではなく、子どもたちの個性を生かし、一つひとつが色も形も大きさも違う「抹茶茶碗」のように育てて、世に出していくのが私学である我々の役割です。そんな板倉先生の考え方が、今も本校に受け継がれているのです。

 特色としては、宗教色がなく、最初から男女共学であること。また、研究校ではないものの、創設当初に現在の大阪教育大学の附属中学校から教員を招いたこともあり、教育学にかかわる授業研究や教材研究なども大切にしてきました。

藪田 貴校の学校説明会に参加した保護者の方々からよく聞くのは、生徒の様子にとても好感が持てるということです。また、始業チャイムの鳴る2分前に予鈴の音楽が鳴りますが、それは、ルールやマナーについてしっかり指導されている証しではないでしょうか。

中井 はい。生徒たちは予鈴と同時に教室に入って着席して、教員を待ちます。一方、教員も予鈴が鳴ると、職員室から教室に向かい、チャイムと同時に授業が始まります。また同様に、授業が終わりを告げるチャイムが鳴ったら、すぐに終了させます。そのように、本校には授業時間を1分1秒でも大切にする伝統があり、しっかり時刻を守ることを大切にしています。

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21年2月号 さぴあインタビュー/関西情報:
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