受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

医学教育の第一人者に聞く“新時代の医師像”

学びの場でも医療現場でも
求められるのは「対話する力」

松尾 理さんOsamu Matsuo

(まつお おさむ)近畿大学名誉教授、医学部顧問。1967年神戸医科大学(現・神戸大学医学部)卒業。72年神戸大学大学院医学部研究科博士課程修了、医学博士。神戸大学医学部生理学Ⅰ講座・助手、宮崎医科大学(現・宮崎大学医学部)生理学Ⅱ講座・助教授、近畿大学医学部生理学Ⅱ講座・主任教授などを経て、2011年4月より現職。主な研究活動は、心筋梗塞や脳梗塞などの血栓症の特効薬の開発。教育活動としては、近畿大学医学部のカリキュラムの抜本的な改革、専門教育におけるPBLテュートリアルの導入など。医学部保護者に対しての、医学部生とのコミュニケーションに関する講演活動も行っている。

 超高齢社会の到来、グローバル化の進展、人工知能(AI)の発達などにより、医師に求められる能力や働き方も変わってくるといわれ、日本の医学教育にも新たな動きが見られます。そこで今回は、長年、医学教育の第一線に携わってこられた近畿大学名誉教授で医学博士の松尾理先生にインタビュー。「将来、医師になりたい」という子どもやその保護者の方たちに向けて、「これからの医師にはどんな能力が求められるのか」「大学の医学部では何をどう学ぶのか」といった話を伺うとともに、子どもの学習意欲を上手に引き出す方法などについてもアドバイスしていただきました。

医学部でも始まっている教育改革
重視されるのは主体的な学び

広野 松尾先生は現在、近畿大学の名誉教授・医学部顧問として医学部の教育カリキュラムの改革などに携わっていらっしゃいますが、医師として、研究者として、また教育者として、これまでどのような経歴をたどって来られたのでしょうか。

松尾 わたしは子どものころ、生死の境をさまよったことがあり、そのことから「自分も命を救う立場になりたい」と医学の道を志すようになりました。当初は「世界一の名医になる」ことを目標にしていたのですが、いつしか、「1日100人の患者さんを毎日診察しても、30年間で救えるのは延べ100万人強、つまり神戸市の人口にも満たない。それなら現場で診察するよりも、自分は研究者になり、医師を育てる立場になろう」と考えるようになりました。

広野 研究者になってからはどのようなテーマに取り組んでいらっしゃったのですか。

松尾 脳血管障害の治療法の一つである、血栓溶解療法について研究してきました。その成果が、心筋梗塞の原因である冠動脈血栓や脳血管などに詰まった血栓を溶かす特効薬、t–PAの開発です。研究成果は『ネイチャー』を含む英文論文250編以上にもなっています。

広野 その一方で、教育者として学生を指導するとともに、近畿大学の医学部の教育改革にも取り組まれたわけですね。

松尾 大学の授業といえば、かつては大教室で教授が講義をする形式が主流でした。しかし、本学部では平成10年度よりテュートリアル制を本格導入しています。テュートリアルとは、少人数の学生がグループ討論を行い、事例(もしくは症例)のなかから問題点を見いだし、自分たちがグループ討論を通して問題点を解決する方法をいいますが、たとえば本学部の生理学講座では、6~7名の小グループに分かれた学生たちが週に2〜3回「事例」を学ぶという方式をとっています。学生たちはまず、与えられた事例についてお互いに議論しながら、「何が問題か」「自分たちは何がわかり、何がわかっていないのか」「いつ、どこで、何を調べるか」といったことを決めます。次いで、教科書や参考書での自習と、講義・実習、さらにはインターネット上の多様な情報を取捨選択しながら、自分たちの問題点を解決していきます。そして最後に、その結果を週ごとの発表会やレポートによって公表するとともに、試験による理解度の評価を受けるのです。担当の先生は学生の自主的な議論と学習を促しながら、「教え込むこと」は極力控え、学生たちが大幅に間違った方向に進みそうな場合にだけ注意を与えるように心がけています。このテュートリアル制の導入以後、講義の出席率が著しく向上し、学生もそれまで以上に積極的になっています。

重要視されるコミュニケーション力
幅広い教養を身につけることが大切


サピックス小学部 教育情報センター部長
広野 雅明

広野 サピックス小学部を卒業したばかりの中学1年生にアンケートをとったところ、男子は2割が、女子はなんと3割が医学部を志望しています。医学部は昔から人気がありますが、最近は特にその傾向が強いようです。ある種、医学部ブームともいえるなか、これといった動機もないまま、「偏差値が高いところにチャレンジしたいから」「医師になれば食べるのに困らないから」といった理由で医学部をめざす受験生が増えているという指摘もありますが、先生はどう思われますか。

松尾 「成績が良いから」「親が勧めるから」といった理由で医学部に入った学生は、ちょっとしたことでつまずきがちです。逆に、家族の病気などがきっかけで医師を志した学生、社会経験を経たのちに決意を新たにした学生などは、目的意識がはっきりしていますから、入学後もしっかり勉強できるようです。

 そもそも「食べるのに困らない」という点についていえば、あくまでも〝現在〟での話です。今の日本では医師免許があればいつでもどこでも開業できるわけですが、この現状が続けば、都会で医師が余る一方で、地方では無医村化が進みます。やがてはイギリスのように「医師免許を持ったブルーカラー」が登場することになりかねません。

広野 人工知能(AI)の発達で、必要な医師の数が減るのではないかという説もあるようですね。

松尾 レントゲンやCT(コンピューター断層撮影)の画像をチェックして病変を発見するといったことはAIのほうが得意ですから、やがてはそういった方向に進む可能性はあります。ただ、患者さんと接して心の交流をするというのは、人間にしかできないことです。今後は、AIを使いこなすスキルと、生身の人間とコミュニケーションできる力が重要視されるようになると思います。

広野 近年、医学部入試では面接や小論文が重視されるようになっているのも、その現れでしょうか。

松尾 診察では患者さんとのコミュニケーションが不可欠ですから、面接などで基本的なコミュニケーション力がチェックされるようになったのでしょう。海外の大学のなかには、面接官に地元住民が参加するところもあります。「この人に診察してもらいたい」という目線でチェックしているわけです。コミュニケーション力は、子どもが小さいうちから周りの大人とことばのキャッチボールを積み重ねることで養われますから、ご家庭での教育や過ごし方はとても重要です。

広野 医学部での学びは、かつては講義・見学型でしたが、最近はアメリカにならって参加型になり、一方で教養を学ぶ期間は短くなっていると聞いています。こうしたことで学生にどのような変化が見られますか。

松尾 現場で患者さんに接することによって疾患に対する理解が深まるとともに、患者さんや家族の方への対応スキルも向上しつつあります。その一方で、教養を学ぶ時間が減ったことで、人としての幅が狭くなっているというデメリットもあります。

 昨今の教育現場では、「教養なんてすぐには役に立たない」と軽視されがちです。しかし、患者さんにはいろいろな人がいますから、一人ひとりに対応していくためには幅広い教養が必要になります。そして、幅広い教養を身につけるには、小学生のうちから勉強以外のことにも力を注ぐことが大切になります。勉強だけでなく、スポーツ、絵画といった趣味や社会貢献活動などにも全力で取り組んでほしいと思います。

19年1月号 子育てインタビュー:
1|

ページトップ このページTopへ