受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

医学教育の第一人者に聞く“新時代の医師像”

学びの場でも医療現場でも
求められるのは「対話する力」

 超高齢社会の到来、グローバル化の進展、人工知能(AI)の発達などにより、医師に求められる能力や働き方も変わってくるといわれ、日本の医学教育にも新たな動きが見られます。そこで今回は、長年、医学教育の第一線に携わってこられた近畿大学名誉教授で医学博士の松尾理先生にインタビュー。「将来、医師になりたい」という子どもやその保護者の方たちに向けて、「これからの医師にはどんな能力が求められるのか」「大学の医学部では何をどう学ぶのか」といった話を伺うとともに、子どもの学習意欲を上手に引き出す方法などについてもアドバイスしていただきました。

効果が高い少人数でのグループ学習
同じ志を持つ仲間と切磋琢磨を

広野 先ほど、テュートリアル制の授業では学生に小グループを作らせているという話が出ましたが、これにはどのような効果があるのでしょうか。

松尾 独りで孤独に学ぶよりも、同じ目標を持った仲間といるほうががんばりが利くことは、皆さんも経験的におわかりでしょう。同じ価値観を持つ友人と一緒に過ごすことはとても重要なのです。人間の脳には、ミラーニューロンといって「ラーメンを食べている人を見ているだけで、ラーメンを実際に食べている人の脳と同じような反応を示す」場所があり、ここが匠の技の伝承やコミュニケーションに重要な役割を果たしているといわれています。グループ学習では、ミラーニューロンのはたらきによって、同じ目標を持つ仲間の振る舞いに感化されるという効果が期待できるわけです。

広野 塾や予備校ではよく、「受験は団体戦」ということばを使いますが、それと同じことが大学進学後にもいえるのですね。

松尾 近大医学部でもグループ方式を取り入れてからのほうが、国家試験の合格率がアップしました。受験でも、家庭で独りで勉強するよりも、集団のなかでもまれるほうが好成績を期待できると思います。

広野 サピックスでは、少人数の教室で子どもたちが積極的に発言しながら学んでいます。

松尾 目標を同じくする集団でミラーニューロンを発揮しながら学ぶことで、できなかったことができるようになる効果が期待でき、学びには適した空間ですね。発言の機会が多いという点も重要です。脳にはアウトプット依存性があって、ただ暗記して詰め込むだけではあっという間に忘れてしまうのですが、発言などを通してアウトプットしたことはよく覚えているものです。この理論をもとにカナダのマックマスター大学医学部で生まれたのが、PBL(Project-Based Learning/課題解決型学習)で、近大医学部の学びの土台にもなっています。

家庭でも子どもの発言を促して
内なる学習意欲を高めよう

広野 中学受験をめざす子どもが、みずからやる気を持って学習に取り組むために、各家庭ではどのようなことを心がけたらよいのでしょうか。

松尾 子どもというのは、大人に口うるさく「勉強しなさい」と命令形で指示されても、表面上は「はい」と返事するだけで、実際には何をやっているかわからない場合があります。それは大学生になっても同じで、講義を聞いているふりをしながらスマホをいじっていたりします(笑)。

 そんな子どもたちをやる気にさせるためにいちばん大切なのは、〝命令形コミュニケーション〟をせず、子どもの話を保護者の方が一生懸命に聞くことです。初対面の相手でも、たった2分間話をしっかり聞いてもらっただけで、学びやコミュニケーションに必要なミラーニューロンが活性化し、ポジティブな気持ちになることがわかっています。2分間話を真剣に聞くだけで相手を変えることができるのです。

 子どもが悪い成績をとってきても、「どうしてこんな点をとってきたの」と責め立ててはいけません。時間は戻せないのですから、「今後、こうならないようにするためには、どうしたらいいと思う?」などといった前向きの質問をして、子どものことばを引き出すことを心がけてください。そして、子どもが言った案に少しでも本人の行動が近づいたら、「よくがんばっているね」と努力を承認するのです。そうすれば、子どもは「もう少しがんばってみる」と思うようになります。

広野 叱るのではなく、「どうすればいいと思うか」と聞いて、自分で目標を設定させるわけですね。

松尾 そうです。心理学ではこれを「目標設定理論」といって、自分で立てた目標が詳しく具体的であればあるほど、モチベーションはさらに上がるとされています。メジャーリーグに行った大谷翔平選手が高校1年生のときに書いた目標設定紙などは有名ですよ。正方形に九つのマスを描いて、真ん中に「8球団でドラフト1位」と大きな目標を書き、その周りに目標の実現に必要なことを八つ書く。そして、その八つの内容を実現するために、さらにそれぞれ必要なことを書く…というものです。

 また、目標設定といった堅い話だけでなく、ちょっとした雑談をすることも大切です。「アイスブレイク」といって、雑談には人間関係の緊張をほぐし、コミュニケーションをとりやすくする効果があります。近大医学部のテュートリアル制の授業では、冒頭に教員が学生一人ひとりに「週末に体験した楽しかったこと」を話させる場合もあります。そうすると、その後のグループ討論でのコミュニケーションがとりやすくなることが確認できています。親子の間でも同じです。よく医学部生の保護者の方に、「わが子の友だちの名前を5人言えますか」と質問しますが、たいていの方は首をひねり、考え込んでしまいます。わが子の日常生活を知らないのに、わが子の心を動かすことができるでしょうか。まずは親子の間で、心の自己開示ができる関係づくりを心がけてください。

広野 最後に、「医師になる」という大きな目標に向かってがんばっている子どもたちと、その保護者の方々にメッセージをお願いします。

松尾 医学の道を志す子どもたちには、患者さんの気持ちがわかって共感でき、困りごとを一緒に解決しようとする医師をめざしてほしいと思います。保護者の方たちは、そんな子どもの成長を焦らずに見守ってください。毎日接しているわが子の成長は、なかなか実感しにくいかもしれません。しかし、日々の小さな変化の積み重ねが大きな成長につながるのです。「早く育て」と打ち出の小づちを振りたくなる気持ちもわかりますが、日々の小さな変化をとらえて、ポジティブにわが子を認めてあげることが大切です。

広野 本日はたいへん有意義なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

19年1月号 子育てインタビュー:
|2

ページトップ このページTopへ