受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

プログラミング教育の第一人者からのメッセージ

未来で生きる子どもに必要なのは、
「答えがわからない」ことを恐れない力

川原田 康文さんYasuhumi Kawarada

(かわらだ やすふみ)相模女子大学小学部副校長。2003年からロボティクス教育の研究を始め、この分野の第一人者として、現在までにさまざまな学習教材やテキストを作成してきた。また、小・中学校向けに、ソフトバンク社のPepperを活用したプログラミング授業を構築。Pepper社会貢献プログラムの教師用指導書も監修・執筆している。神奈川県の中学校教諭、横浜国立大学教育人間科学部准教授、立命館小学校教諭等を経て現職。

 AI(人工知能)の発達などを背景に、2020年から小学校でプログラミング的思考力を養うための授業がスタートします。しかし、「プログラミング的思考力」と聞いても、何を意味するのか、いま一つ、ぴんとこない人が多いのではないでしょうか。そこで今回は、ロボティクス教育※の第一人者であり、早くからプログラミング教育に取り組まれてきた、相模女子大学小学部副校長の川原田康文先生にインタビュー。プログラミング的思考力とは何か、なぜ今、それが求められているのか、授業では何を学ぶのかといった点について、お話を伺いました。
※ロボットの設計・制御を通して、思考力・分析力などを養う教育

膨大な情報をAIが処理する
超スマート社会「ソサエティー5.0」が到来

広野 「AIの普及で、今ある職業の半分がなくなる」「小学校にプログラミング教育が導入される」といった情報を前に、わが子の教育をどうすべきか悩んでいる保護者の方が数多くいらっしゃいます。世の中の変化を踏まえて、これからの教育はどのように変わっていくとお考えですか。

川原田 Society 5.0(ソサエティー5.0)ということばをご存じでしょうか。これは、政府が「第5期科学技術基本計画」で提唱した、これからの社会のありようを示すことばです。ソサエティー1.0は狩猟社会、2.0は農耕社会、3.0は工業社会、4.0は情報社会、そして、ソサエティー5.0は「超スマート社会」です。情報社会では、パソコンやスマートフォンといった特定の端末を通じて情報をやりとりしていましたが、超スマート社会では、車や家電などのあらゆる機器がネットワークにつながって膨大な情報がやりとりされるようになり、その情報をAIが処理することで、今までにないサービスや新たな価値が生み出されるようになります。ロボットや自動運転車、ドローン宅配などが身近なものとなり、少子高齢化や地方の過疎化、貧富の格差といった社会問題の克服に役立つと期待されています。

 すでにドローン宅配は大手IT企業によって試験的に始められていますし、若い人の間では商品の代金をスマホアプリで払うことが当たり前になりつつあります。AI冷蔵庫がメニューを提案したり、在庫を教えてくれたりするようになるのも、そんなに先のことではないでしょう。話すだけでインターネットにつながるAIスピーカーはすでに普及しつつありますね。ある友人がAIスピーカーを買って、1週間後にふと見たら、小学生の息子さんが宿題の答えをAIスピーカーに尋ねていたとか(笑)。友人はそのとき、「こういう時代になったんだな」と感心したそうです。

広野 AIの発達で家庭生活や社会のありようが大きく変わろうとしているのですね。

川原田 シンガポールのある日本人学校では、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)というホワイトカラーの業務を自動化する仕組みを導入したところ、それまで3時間かかっていた事務仕事が10分もせずに終わるようになったそうです。

 もちろん、AIを使った仕組みの導入には時間や手間、コストがかかりますし、AIが発展する途中にはいろいろなトラブルもあることでしょう。でも、「トラブルを乗り越えつつ、AIがさまざまな問題を解決していく」という流れを止めることはできないでしょう。

 1年ほど前の新聞記事に、2050年ごろには人間の脳とAIがつながるようになるのではないかという予測がありました。つながるということは、自分の記憶が全部コンピューターに残るようになるわけです。もし、わたしの肉体が機能を停止しても、記憶はコンピューターに残るわけですよね。そうすると、わたしの記憶自体は生き続けるし、コンピューターが見たものもわたしの記憶として残っていくわけですから、わたし自身は「死なない」と解釈することもできます。「人間とは何か」ということを根本的に考え直す必要がありそうです。

広野 いずれ、人の死が過去の話になってしまうのかもしれませんね。今の子どもたちは、そういう発想を自然に受け入れながら、新しい社会で活躍していくのでしょう。

知識の集積はコンピューターが代行
思考力や創造力が問われる時代に


サピックス小学部 教育情報センター部長
広野 雅明

広野 そうした時代においては、どのような能力が求められるようになり、どのような教育が必要になるとお考えですか。

川原田 ソサエティー5.0の到来でどんな能力が必要になるのか、未来のことですから、わからない部分がたくさんあります。ただ、知識の集積はコンピューターに任せるようになりますから、これからはそれをどう活用するか、何を創造するのかが問われるようになることは確かです。AIやVR(バーチャルリアリティー)などを使って、人間がより豊かに、快適に過ごしていくにはどうしたらよいのか、ということを考えるうえでの基礎となる学習を子どもたちにさせていかなければなりません。

 そうしたことも踏まえて今、大学入試や学校教育の改革が急がれているわけです。来年度から小学校で新学習指導要領が実施されますが、これは、「『みんなが同じようにできるようになる』ことをめざした明治以来の知識・理論重視教育を大きく変える改革」といわれています。英語教育やプログラミング教育の導入など、目先の変化に気を取られがちですが、その根底にある「子どもたちは未来で生きていく。それに備えて考えるべきことは何か」ということを、事あるごとに問い直していかなければならないと思います。

 わたし自身は、「答えがわからない」ことを恐れない子どもに育てていきたいと思っています。もはや、既存の知識を強制されながら覚える時代は終わりました。これからは、「楽しい」「どうしてだろう」と高いモチベーションや興味を持ちながら、考えたり、見方を変えたり、考えを構造化したり、細かく分析したりしていくことが求められるようになると思います。また同時に、異なる文化や価値観を持つ人と協働していけるような、コミュニケーション能力の育成や人格形成も必要になるでしょう。

 そこを考えずに、プログラミング教育をやろうとすると、適当にテキストとソフトを渡して、「この手順でプログラミングしてごらん」「できたの? よかったね」で終わってしまうことになるのです。

広野 おもちゃに近いような教材を組み立て、動かすだけでは不十分だということですね。では、プログラミング教育とは、そもそもどのようなものなのでしょうか。

川原田 プログラミング教育というと、パソコンで高度なプログラムを組めるようにするものと思われがちですが、実は2020年度から学校教育に導入されるプログラミング教育は、そういうものではありません。「どういう命令を出したら、コンピューターが狙いどおりに動くのか」「うまく動かない、原因は何だろう」といったことを、筋道立てて予測し、そして一つひとつ検証して確かめる力を育てることを目的としています。そして、そのトレーニングを総合的な学習の時間などを使って行うことになっています。「プログラミング」という独立した教科ができるわけではないのです。

19年9月号 子育てインタビュー:
1|

ページトップ このページTopへ