受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

「女子美大付属」校長が語る美術教育のすすめ

感性を育むことによって
知性はどんどん伸びる!

石川 康子さんYasuko Ishikawa

(いしかわ やすこ)女子美術大学付属高等学校・中学校校長。女子美術大学卒。絵画教室や建築事務所勤務を経た後、30代で神奈川県立高校の美術教員に。教頭、校長を歴任し、全国高等学校美術・工芸教育研究会の副会長や神奈川県教科研究会美術工芸部会会長も務める。2014年より女子美術大学で教鞭を執り、2017年より現職に就任。

 AI(人工知能)の発達やグローバル化の進展などによって、世の中が大きく変わろうとしている今、「子どもたちの思考力・発想力・表現力をいかに伸ばすか」ということが大きな課題となっています。そうしたなかで、あらためて注目されているのが、美術などの芸術分野をはじめとする情操教育の重要性です。そこで今回は、日本の美術教育のパイオニアともいえる女子美術大学付属高等学校・中学校校長の石川康子先生にインタビュー。なぜ今、美術教育が求められているのか、子どもの発想力や表現力を伸ばすには、どのようなことに気をつければよいのか、といった点について語っていただきました。

ビジネスの世界においても
感性や発想力が求められる時代に

広野 今、学校によっては進学実績の向上を図るために、高校課程での芸術科目を犠牲にしているところもあります。しかし、AI化やグローバル化が進むなか、むしろ今後は芸術的素養が求められるようになると思われるのですが、先生はどのようにお考えですか。

石川 おっしゃるとおり、今やデザイン的要素や芸術的な感性がビジネスの成否の鍵を握るようになっています。振り返ってみると、日本でデザインが重視されるようになった一つの転機が、バブル経済の到来だったのではないでしょうか。バブル経済自体は良いものとは思いませんが、経済的に豊かになったことをきっかけに、日本人が芸術的な価値に目覚め、身の回りの家具や道具にもデザイン性を求めるようになりました。物を買う際の判断基準に、「使いやすさ」や「便利さ」だけでなく、「芸術性」も加わったのです。

 その後、グローバル化、高度情報化が進むなかで、1998年にアップル社がスタイリッシュなパソコンを発表して好評を博すなど、その流れはますます強くなったように思います。それに伴い、デザインを専門とする仕事がどっと増えました。

広野 かつては、「美術大学を出たら画家か美術の先生になる」というイメージがありましたが、美大卒業後の進路も幅広くなったのではないでしょうか。

石川 デザイン科の学生はもちろん、油絵科や彫刻科の学生にも企業から声が掛かるようになりました。「美大の学生は発想力に優れている」と評価されてのことのようです。大手広告代理店などが美大生をデザイナーだけではなく、企画部門にも採用し始めたのも、その表れでしょう。女子美術大学の学生も、デザイナーや商品コンセプトを考える企画担当者として一般企業に採用されるケースが増えています。

 高度情報化社会の到来と産業の高度化により、デザインの対象領域も飛躍的に拡大し、〝デザイン人材〟に求められる能力は以前にも増して高度になってきています。そして、造形面での創造性はもちろんのこと、ビジネスや経営の在り方そのものをデザインする、柔軟な発想力も求められるようになっていることが指摘されています。

広野 どの業界においても、常に発想の転換が求められていますね。塾での勉強といえば、かつてはノートを使うのが一般的でしたが、子どもたちがより勉強しやすい方法を模索するなかで、プリントを使うという方法が採用されるようになりました。さらにサピックスでは、「子どもが自宅で復習しやすいように」と考え、プリントの裏側にまったく同じ内容を印刷するようにしたのです。これが学習効果を飛躍的に高めました。

石川 「学習プリントを読みやすくするために、色や書体、配置を変える」といったちょっとした改善は、従来の日本企業の得意とするところです。一方、「表・裏に同じ内容をプリントする」という考えは、学習習慣のそのものを変えるような逆転の発想といえます。まさに今後の企業や社会で求められる力ですね。

絵を描くことによって、
自己肯定感を高め、自由な発想を促す


サピックス小学部 教育情報センター
部長 広野 雅明

広野 世界の潮流を考えると、美術教育が重要であることはわかるのですが、その方法や効果があまり浸透していないように思えます。

石川 わたしは、かつて多くの課題を抱える公立校で教えていたことがあり、そこでの経験から、「感性を育てると、知性もどんどん伸びる」ということを実感するようになりました。

 教えていた学校には、主要教科はもちろん、美術に対しても苦手意識を持っている生徒がたくさんいました。でも、絵を描くことが心底から嫌いなわけではありません。よくよく聞くと、「本物そっくりに描きたいけれど、うまく描けないのが恥ずかしい」と思い込んでいたりするのです。美術の専門家としては、「本物そっくりに描くだけ」というのは邪道とも思えるのですが、本物そっくりに描くノウハウは知っています。そこで、邪道と知りつつも、生徒の要望に応えてノウハウを教えました。また、百マスの紙を渡し、「これに○や□を描いて組み合わせただけで、独創的なデザインになるよ。〇を一つ描いただけでも点数をあげるから、やってごらん」と背中を押しました。また、描いた絵はどんどん張り出してほめることにしました。

 そうすると、尻込みしていた生徒が積極的に描くようになり、それとともに発想力も伸びて、次々とすばらしい作品を生み出すようになったのです。自己肯定感が低かった生徒が自信をつけたことで、本人の持っていた発想力や知性を伸び伸びと発揮できるようになり、他教科にも好影響が出るようになりました。子どもが望む絵を描くための理屈やノウハウを教え、自信をつけさせ、自由な発想を促し、知性を伸ばす。これは絶対的な正解のない美術教育だからこそ、可能なことだと思います。

広野 実は、サピックスの卒業生にアンケートをとると、就学前の習い事として、音楽や絵画といった芸術分野を挙げる人が、かなりの割合でいます。

石川 情操教育を重視する環境で育ってこそ、知性は育まれます。最近、「世界のトップリーダーは芸術を知っている」などというフレーズをよく耳にしますが、逆に、「芸術に親しむ環境で育ったからこそ、トップリーダーになれた」といえるのかもしれません。芸術科目をおろそかにして一流大学に入っても、世界では通用しません。そのことをわかっている学校は、美術や音楽の授業を大切にしています。

19年11月号 子育てインタビュー:
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