受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

数学者が教える「子どもの力を引き出す方法」

知識詰め込み型から脱却して
子どもの誇りを大切にする教育へ

根上 生也さんSeiya Negami

(ねがみ せいや)数学者(理学博士)。横浜国立大学理事・副学長。日本における位相幾何学的グラフ理論のパイオニア、第一人者として研究を続ける一方で、新たな数学教育の在り方を模索し、著作や講演、テレビ番組の監修などの啓蒙活動を活発に行う。主な著書に『計算しない数学―見えない“答え”が見えてくる!』(青春出版社)、『人に教えたくなる数学 パズルを解くよりおもしろい』(SBクリエイティブ)、『トポロジカル宇宙 完全版―ポアンカレ予想解決への道』(日本評論社)などがある。

 AI(人工知能)の発達やグローバル化の進展などにより、社会の在り方が大きく変わろうとしている今、課題解決能力の育成が強く叫ばれるとともに、算数・数学教育の重要性がクローズアップされています。そこで今回は、数学研究者という枠を超え、さまざまな活動を通して算数・数学の楽しさ・大切さを啓蒙されている、横浜国立大学副学長の根上生也先生にインタビュー。「これからの社会で求められる力とは何か」「それを育むにはどのような教育が必要か」といった点について、お話しいただきました。

単に知識を詰め込むだけでは
新しい世界を創出できない

広野 根上先生は、「位相幾何学的グラフ理論」という新しい分野を切り拓いた数学者であり、横浜国立大学大学院環境情報研究院の教授として、また同大学の副学長として研究や教育に携わる一方、小学生を対象にした「明日の思考力コンテスト『探究オリンピック』」のアドバイザーも務めていらっしゃいます。同コンテストは、子どもの探究心や課題解決力、学際的な新しい能力の育成を狙いとしていますが、先生ご自身はこれからの教育についてどのような考えをお持ちでしょうか。

根上 「うちの子は算数が苦手だけれど、どうしたらいいのか」と悩む保護者の方は多いようですね。そんなとき、まずご自身に問い掛けていただきたいのは、これからの社会を生きるうえで求められるものは何か、子どもたちにどんな道を歩んでほしいのか、ということです。単に「難関大学に入れる子」にしたいのか、それとも「どういう世界をつくればよいのかということを考え、それを実行する子」にしたいのか。先行き不透明な世界で求められ、活躍する人材は、当然、後者でしょう。

 それなのに大人たちは、つい子どもにたくさんの知識を詰め込もうとしがちです。実際、多くの人が、テレビに出てくるクイズ王のような、何でも知っている人が知性の最高峰だと錯覚しているようです。しかし、よく考えてみてください。クイズ王が有する知識のソースは、そもそも誰がつくったのかということを。それを創出したのは、研究者、探究する人たちです。大学の先生というのは、学生に教えるだけでなく、研究者として新しい知識を生み出す活動をしている人なのです。大学に入るということは、そういう研究者たちと共に探究し、知識をつくる側になるということです。そこが高等学校までの学びとは違うところです。入試を突破するまでは知識の習得も必要ですが、入ってからは、知識詰め込み型の受験勉強を引きずることなく、世界を探究することになります。そしてその姿勢こそが、これからの社会で求められるものではないでしょうか。

広野 大学の学生たちをご覧になっていて、知識詰め込み型教育の限界を感じていらっしゃるのですね。

根上 社会で生きていく作法として知識や常識を知っておくことは大切ですが、それに縛られ過ぎて、決まったやり方で、決まった手順どおりにしか物事を運べないのであれば、それはロボットと変わりがありません。それこそ、「取り換え可能な存在」です。

 今の子どもたちに求められているのは、新しい世界をつくり、そこで活躍していくことです。それなのに、知識詰め込み型の勉強を長くし過ぎると、「学ぶべきことが自分の外に用意されている」「やり方は決まっていて、それに合わせて自分を変えていくのが勉強だ」と思い込んでしまうのです。そこを壊していかなければ、本当の大学教育は成立しません。ですから大人たちは、難関大学入学がゴールとは考えず、もっと先を見て、大学に入ってからも子どもたちが生き生きとしていられるメンタリティーを形成できるようにサポートしていくことが必要なのです。初等教育、中等教育は大学入学後を見据えたものであってほしいと思います。

自分の頭で考える場として
数学と向き合ってほしい

広野 そういった大学側の懸念を反映してか、近年の受験算数では難関校を中心に、子どもたちが見たこともないような、どきどきさせる問題を出そうと工夫を凝らしています。ですからサピックスでも、最初は基本的なことを教えますが、最終的にはいかに教えずに、生まれて初めて出合う問題に向き合い、解き進める力を養うかということに重点を置いて指導しています。


サピックス小学部 教育情報センター
部長 広野 雅明

根上 良い問題というのは、一見すると難しそうに見えても、素直な気持ちで向き合うと、「こういうことになっているな」ということがわかり、そこを探究していくと答えが導き出せるようにできています。「探究オリンピック」や「科学の甲子園」などでは、そうした良問が出ています。

広野 各中学校・高等学校でも、新しい時代に対応するべく、教育の在り方を模索しています。ただ、数学に関しては教える内容そのものはあまり変わっていないようです。唯一、タブレットを使ったり、グループワークを導入したりといったことが時代に合わせた変化といえそうです。

根上 生徒が楽しく取り組めるよう、現場ではそうしたさまざまな工夫を凝らしているようですね。実際、タブレットやパソコンを道具として使いこなすのは悪いことではありません。また、グループワークで数学のオープンエンドの問題(正答がいくつも可能になるように条件付けた問題)を考えることも優れた取り組みです。ただ、ふつうの数学の問題ではそういう取り組みがしづらいため、仲間と一緒に探究できるような問題をどう設定するかがグループワークの成否の鍵となります。組合せ理論や点と線の組み合わせを考えるグラフ理論といった離散数学の問題を利用すると、探究ができていいかもしれません。先ほど紹介した「科学の甲子園」などの数学の問題は、みんなで議論するときちんと解ける、グループワークに適した問題ですよ。

広野 学校で教える内容そのものも変わっていく可能性がありそうですね。

根上 現行のカリキュラムは、20世紀当初のものと基本的にあまり変わっていません。わたしは、時代の変化に合わせて算数・数学のカリキュラムを根本から設計し直すべきだと考えています。これからは自分の頭を使って考える場として、数学と向き合えるような教育を行う必要があります。試験でも、機械的な計算のスピードや正確さを求めるのではなく、タブレットなどのアプリを使ってもよいことにして、その機能を活用してわかることを積み上げて、みずから解を導き出すような力を問うのが望ましいと思います。

20年1月号 子育てインタビュー:
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