受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

数学者が教える「子どもの力を引き出す方法」

知識詰め込み型から脱却して
子どもの誇りを大切にする教育へ

 AI(人工知能)の発達やグローバル化の進展などにより、社会の在り方が大きく変わろうとしている今、課題解決能力の育成が強く叫ばれるとともに、算数・数学教育の重要性がクローズアップされています。そこで今回は、数学研究者という枠を超え、さまざまな活動を通して算数・数学の楽しさ・大切さを啓蒙されている、横浜国立大学副学長の根上生也先生にインタビュー。「これからの社会で求められる力とは何か」「それを育むにはどのような教育が必要か」といった点について、お話しいただきました。

子どものなかにある生得的な力と
「自分でできる」という誇りを大切に

広野 算数・数学の力は、どうすれば伸びるのでしょうか。

根上 教科教育に携わる先生は、算数とは親学問である数学を初等的に落とし込んだものだと考えています。しかし、わたしはそうではないと思います。人間が生得的に持っている能力を分類したものが算数や国語などであり、その自然な能力をどんどん高度に複雑化していったものが、やがて学問として形成されていくのだと思っています。数学者は、そうやって数学をつくり上げてきたのです。ですから、子どものなかにある生得的な力を、算数・数学的な判断力へと自然に伸ばしていくべきであるというのが、わたしの基本的な数学教育観です。

 わたしたち数学者は、新しい数学を創出するのが仕事です。決して、既存の解法を覚えるという学習スタイルでここまでやってきたわけではありません。大学院の学生たちにも既存の知識などを教え込むのではなく、それぞれが興味を持っていることに一緒に向かっていくという姿勢で接しています。それが数学本来の学びなのです。親が何かをやってあげようとすると、小さい子どもはよく、「自分でできる」と駄々をこねます。その子どもが、そのまま大きくなったのが数学者です(笑)。ですから、小さな子どもの「自分でできる」という誇りを、何よりも大切にしたいと思います。

広野 子どもの誇りを大切にする算数教育の第一歩とは、どのようなものでしょうか。

根上 幼稚園児は、興味関心がなくても暗記ができてしまいます。そのため、大人はつい小さな子どもに九九などを覚えさせようとしてしまいます。子どもも大人の反応がうれしくて、一生懸命に暗記します。でも、そんなことはしないでください。そういう押し付けを続けると、子どものなかに「勉強とは大人が用意したことを覚えるもの」という考えが刷り込まれてしまい、「自分でできる」を忘れてしまいます。

 以前、「算数・数学が得意な子に育てる」をテーマに、幼稚園児の保護者にお話する機会がありました。その幼稚園には立方体の積み木が千個あるというので、わたしは講演の前に園児に「ルービックキュービック!」という魔法のことばを教えて、わたしがそれを言ったら、積み木でルービックキューブの形を作る練習をさせました。講演の最初に、園児に千個の積み木の山から積み木をたくさん取ってくるゲームをしてもらいました。そして、誰がいちばんたくさん取ってきたかを決めたい。しかし、園児は積み木が数えられずに困っています。そこで、わたしが魔法のことばを叫ぶと、園児たちはルービックキューブの形を作りだしました。そして、みんなが作った形を見比べて、優勝者を決めました。誰も積み木を数えていないのに、いちばんたくさん取ってきた人が決定できたわけです。

 大人が数の数え方を仕込んでしまうと、こういう能力を使わなくなってしまうでしょう。

自己肯定感を育てながら
理由を述べて要求させる習慣を

広野 子どもの生得的な力を引き出し、伸ばすために、ほかにも家庭で気をつけること、できることはありますか。

根上 学びは、生まれたときから始まっています。お子さんが小学校に入る前までは「自分で勉強するのがおもしろい」という気持ち、そして自己肯定感を育むといいですね。特に言語を習得する時期は、次の2点を守ってください。まず、子どもが何を言っても「そうだね」と肯定すること。水槽のイソギンチャクを見て子どもが「ニャー」と言ったとき、「これは猫じゃないよ、イソギンチャクだよ」などと教えてはいけません。子どもは子どもなりに猫と共通する何か、たとえば「ふつうの物と違って、自分で動いている」「生き物だけど、人間じゃない」といった認識をしたから、「ニャー」と言ったのです。それを一つひとつ大人が訂正していったら、大人の正解を待つだけの子どもになってしまいます。そうではなく、「そうだね、ニャーなんだね」と子どものことばを肯定するのです。それによって、子どものなかで、「自分の判断で考えていいんだ」という自己肯定感が育ちます。

 二つ目は、理由を述べて要求する習慣をつけさせることです。「ジュース、ちょうだい」と要求だけするのではなく、「その種類は飲んだことがないから」「喉が渇いたから」と理由とともに言わせるようにしましょう。つまり、自分の判断で「Aだ」と言うだけでなく、「AならばB」と言うように仕向ける。そうすることで、子どもの頭の中で「AならばB」、「BならばC」と推論が動くようになります。「A」を並べるだけの知識集積型知性ではなく、論理的に考えるセンスが身につきます。

広野 すでに算数に苦手意識を持ってしまった小学生にアドバイスはありますか。

根上 算数の授業を聞いていて、「なぜ」と思ってしまった人は、そう思わずにやり方だけ覚えている人よりも見込みがあります。きちんと基礎から学び直せば、きっと「わかる」ようになります。そのためには、算数の教科書を自分の目で読んでみましょう。1年生の教科書から読み直してみるのもよいかもしれません。教科書というは、すごくたくさんの人たちが知恵を出し合って作り上げたものです。それを自分の目で見て、きちんと読んでいけば、意味がわかるように工夫されているのです。公式の意味がしっかりわかれば、思い出すのも簡単です。本当に算数・数学が得意な子は、公式の意味がわかっているから、あいまいになった記憶を自分の力で補正して、正しい公式を思い出せるのです。まずは意味の理解に力を注いでください。

広野 道に迷って不安になったときは、思い切って出発点に戻ることも大切ですね。

 本日は有意義なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

『四次元が見えるようになる本』
根上生也 著
日本評論社 刊
1,400円(税別)

 四次元の世界、四次元空間などということばをよく耳にします。そもそも四次元とは何か? そんな疑問について数学的に考えるのがこの本です。といっても、高度な専門書ではありません。「四次元を見たい」という強い気持ちがあれば、中学校程度の数学の知識だけで大丈夫。ただし、脳に汗をかくほど考える覚悟が必要です。1ページずつ、理解しながら丹念に読んでいけば、きっと四次元が見えるようになるはずです。

『ピジョンの誘惑 論理力を鍛える70の扉
根上生也 著
日本評論社 刊 
1,500円(税別)

 ピジョンとは鳩のこと。本書は「鳩が10羽いるのに巣が9個しかないと、少くとも1つの巣には2羽以上の鳩がいる」という「鳩の巣原理」を応用したユニークな問題集。「サイコロを7回投げると、同じ目が2回出る」という簡単な例から、「10個の正の整数をどのように選んでも、そのなかのいくつかの数を足して10の倍数を作ることができるのはなぜか」といった難題まで、すべて鳩の巣原理を根拠に論証していきます。

20年1月号 子育てインタビュー:
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