受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

バイオメカニクスの研究者が語る<スポーツと勉強の意外な関係>

勉強が好きな子どもは
スポーツもきっと得意になる!

神事 努さんJinji Tsutomu

(じんじ つとむ)体育学博士、國學院大學人間開発学部健康体育学科准教授。株式会社ネクストベース取締役主任研究員。バイオメカニクスを専攻し、中京大学大学院で博士号を取得。日本バイオメカニクス学会優秀論文賞、秩父宮記念スポーツ医・科学賞奨励賞などを受賞。北京オリンピックでは、金メダルを獲得した女子ソフトボール代表チームをサポート。野球ではプロアマを含め、これまでに500人以上の投手のフォームとボール回転数を計測し、100人を超えるプロ野球・MLB選手へのデータフィードバックを行っている。

 生体力学や運動力学とも呼ばれる「バイオメカニクス」の発達・普及によって、今、スポーツ界が大きく変ろうとしています。体をどう動かせば、どのようなことが起きるかということが多くのデータでわかるようになり、より的確な指導が可能になると期待されているのです。今回は、そんなバイオメカニクス研究の専門家である國學院大學人間開発学部准教授の神事努先生に、サピックス・代ゼミグループの髙宮敏郎共同代表がインタビュー。バイオメカニクスとは何か、スポーツ分野の動作解析はどこまで進んでいるのか、また子どもたちにとってスポーツと勉強はどのような関係にあるのかといった点について、お話を伺いました。

わかりにくいコーチング言語を
科学的データに基づいた指導言語にしたい

髙宮 神事先生はバイオメカニクスの研究者として、プロ野球やアマチュア野球の投手の技術指導などをされていますね。バイオメカニクスとは、どういった学問なのでしょうか。

神事 物理学・解剖学・生理学を合体させた、文理融合の比較的新しい研究分野です。計測データに基づき、運動やスポーツを力学的に解析する学問で、わたしは主に野球選手のピッチングやバッティングの解析を行っています。

髙宮 わたしは学生時代に野球をやっていましたが、神事先生もプレーヤーとして野球をされていたのですか。

神事 はい。小学4年生で地元の軟式野球チームに入り、大学まで野球を続けていました。

髙宮 神事先生も野球少年だったのですね。野球少年の多くは将来プロをめざしますが、夢がかなうのはごく一部の人たちだけ。その点、神事先生はかたちを変えて、好きな野球とかかわるお仕事をされている。とても夢のあるお話だと思います。大学でも野球は続けられたのですか。

神事 大学ではプロや社会人野球をめざしながら、指導者になるための勉強もしたいと考えました。中京大学に進学したのは、野球部が強く、体育教師の免許を取得できる学部があったからです。

 しかし残念ながら、大学の野球部は1年半で退部しました。指導者の言っていることがどうしても理解できなくて、最後はけんかをしてやめました。大卒後、そのまま大学院に進んだのは、自分が野球の指導者になるよりも、指導者を指導できる立場になりたいと思ったからです。

髙宮 そこからバイオメカニクスの研究を始められたのですね。

神事 指導者に言われた、意味がよくわからない指導言語を、データに基づいた誰にでもわかる言語にアップデートしたいと考えたのです。

髙宮 意味がよくわからない指導言語というと、往年の名選手、長嶋茂雄さんの「グーンと来て、バーンと」というようなことばを思い出します。

神事 いえ、長嶋さんの「グーン、バーン」は、実は力学的には理にかなっています。たとえば「グジュグジュ、ペッ」と聞いただけで、口を水ですすいで吐き出す動作だとわかりますよね。こうした擬音・擬態語をオノマトペといいますが、長嶋さんのオノマトペは非常に優れたコーチング言語といえます。

 一方、比較的よく使われる指導言語で感覚的な表現のものがあります。たとえば、「バッティングのときは軸で回れ」とか、「バットのヘッドを下げるな」とか。こうした表現のほうが、実はわかりにくいともいえます。人間の体は焼き鳥みたいに軸が一本刺さっているわけではないし、ヘッドを下げなければボールには絶対に当たりません。わたしとしては、むしろこうしたコーチング言語を改善したかったのです。 

髙宮 野球のバッティングについては、「上から叩け」と教わりますよね。でも実際には、必ずしも上から叩いているわけではありません。

神事 ピッチャーが投げるボールは、実際には5度から18度下向きにホームプレートに届きます。下向きに来るボールを上から叩けばゴロにしかならないし、正確にヒットする確率も低くなります。そこで今は、「下から19度上向きにバットスイングしなさい」と指導するようになりました。いわゆる〝フライボール革命〟です。考えてみれば、当たり前の理論ですが、以前はピッチャーが投球する角度も、それに適合するバットの角度も、数値として出てきていませんでした。それが今、ようやく明らかになったのです。

経験知としてわかっていても
理論化できなければ発展は望めない

髙宮 敏郎さんTakamiya Toshiro

(たかみや としろう)サピックス・代ゼミグループ 共同代表(代々木ゼミナール 副理事長)。1997年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入社。2000年、学校法人髙宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学して大学経営学を学び、博士号(教育学)を取得。2004年12月に帰国後、同学園の財務統括責任者を務め、2009年より現職。SAPIX小学部、SAPIX中学部、Y-SAPIXなどを運営する日本入試センター代表取締役社長などを兼務。

髙宮 神事先生の主な研究テーマは、ピッチャーの投球技術でしょうか。

神事 そうです。特にボールの投げ方とボールの回転の関係に着目して研究を進めています。

 昔から疑問に思っていたのは、野球はあくまでも球技なのに、なぜか体操競技のように投球フォームの美しさが求められることです。「美しい投球フォームのほうがいい球が投げられるし、けがもしにくい」といわれていますが、それは果たして本当でしょうか。たとえば、野茂英雄さんのトルネード投法は、オーソドックスな美しい投球フォームからは外れていますが、日本とメジャーであれだけの実績を残しました。事実、メジャーには変則的なフォームで大活躍している投手がたくさんいます。だとすれば、すべての投手を画一的なフォームに押し込める必要が本当にあるのか、科学的に検証すべきだと考えています。

髙宮 神事先生の論文は、海外の研究者からもよく引用されていますね。

神事 実は、ピッチャーが投げるボールの回転数に関しては、半世紀以上研究がストップしていました。

 ボールの回転が世界で初めて計測されたのは1950年代です。当時は映像解析技術が発展していなかったので、ボールにリボンを巻き付け、それが何回ほどけたかで回転数を数えていました。

 ところが、ボールの回転に関する研究はそれ以来途絶え、その後、わたしが論文を発表したのは2006年です。ボールにマーカーで印を付け、1台のカメラで回転数と回転軸を計測し、ボールの軌道との関係を数学的に解析しました。その論文をアメリカの物理学の権威アラン・ネーサン氏が引用してくれてから、わたしの論文も海外で読まれるようになりました。

髙宮 ところで、ピッチャーには重いボール、軽いボールがあるといわれますが、それは回転数の違いなのでしょうか。

神事 打者はバッティング練習を何百回、何千回と繰り返して、「打撃」という運動を自動化していきます。動きが自動化されると、ボールの軌道を予測して動き出す「フィードフォワード」が働く状態になります。ところが、これまでに経験した「平均値」から外れたボールが来ると、フィードフォワードの制御が働かず、「違和感」が生じます。その違和感を、打者は球が「重い」とか「キレがある」と表現するのではないでしょうか。ボール自体の質量が変わるわけではなく、これまでの学習の結果との差を表現しているのだと思います。

髙宮 もう一つ、質問があります。「抜けたスライダーは、打たれると飛ぶ」とよくいわれますが、これはどういう現象でしょうか。

神事 抜けたスライダーとは、直球だと思って打ちにいったらスライダーだったというようなボールです。その場合、より投手に近い位置でバットがボールに当たります。つまり、それだけバットの加速する距離が長くなるので、ボールに与えられる運動エネルギーが大きくなります。だから、崩されたスイングでボールを拾うように打っても、打球は意外と遠くまで飛んでいくのだと思います。

髙宮 野球解説者は、その論理がわかっているのでしょうか。経験的にはわかっていると思いますが。

神事 経験知としてわかっていても、それを理論化できなければ、スポーツの科学的発展につながりません。そこが問題だと思います。

20年12月号 子育てインタビュー:
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