受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

角膜治療のトップドクターからのメッセージ

自分の能力に限界を設けず、
目標を高く掲げてチャレンジを!

坪田 一男さんTsubota Kazuo

(つぼた かずお)慶應義塾大学医学部眼科学教室教授。株式会社坪田ラボ代表取締役。1955年東京都生まれ。1980年慶應義塾大学医学部卒業。日米の医師免許取得。米ハーバード大学で角膜フェローシップ修了。角膜移植、ドライアイ、屈折矯正手術の世界的権威として知られる。2015年、慶應義塾大学医学部発ベンチャーの坪田ラボ設立。眼に関する医療機器やサプリメントの開発を行う。著書に「理系のための研究生活ガイド―テーマの選び方から留学の手続きまで 第2版」(ブルーバックス)など。

 国際競争が激しさを増すなか、社会で求められる人材像も大きく変わりつつあります。これからの時代を切り開くリーダーには、どのような力が求められるのでしょうか。また、そうした力を育むために、子どもにはどのような環境が必要で、保護者が留意すべきことは何なのでしょうか。慶應義塾大学医学部教授として、眼科医として、そして坪田ラボ代表取締役として幅広く活動する坪田一男先生に、サピックス・代ゼミグループの髙宮敏郎共同代表がお話を伺いました。

見え方が生活の質まで左右することも。
「眼から始める健康医学」を提唱

髙宮 坪田先生は、眼科学の研究者・臨床医・教育者、そして起業家として、幅広く活躍していらっしゃいます。眼科といえば、一般的には「眼」のみを対象にしているイメージがあります。ただ、わたしは白内障の親族を見守った経験があり、実は眼やその「見え方」というのは、全身の状態にさまざまな影響を及ぼす重要な役割を果たしているのではないかと感じているのですが、いかがでしょうか。

坪田 おっしゃるとおりです。10年くらい前から、眼は外界を画像でとらえるカメラであるだけではなく、体に時間を教える時計でもあることがわかってきました。さらに現在は、眼からの刺激が脳をリフレッシュさせていることも解明されてきています。体の状態が眼に影響するし、逆に眼の機能的な状態が体やQOL(生活の質)に影響しているのです。たとえば、加齢黄斑変性や白内障・緑内障・ドライアイなどの最大の原因は加齢です。これらの病気の予防や進行の抑制には、眼だけの治療ではなく、運動や食事など生活全般を見直すことも必要です。

 ですから、「眼」だけを治療する方法を研究する大学が多いなか、わたしたち慶應義塾大学医学部の眼科では、「眼」を通じて全身を見る、「眼から始める健康医学」という概念を提唱しています。そして、この分野でわたしたちの研究チームは、世界のトップレベルに立っていると自負しています。

髙宮 研究チームではさまざまなテーマに取り組んでいらっしゃいますが、なかでも特に力を入れているのが近視の進行の抑制に関する研究だそうですね。

坪田 近視はあまりに身近であるために、「眼鏡やコンタクトレンズを使えばいいじゃないか」と軽視されがちです。しかし、近視が進行すると、眼軸長(眼球の奥行き)が伸びていきます。すると、眼の奥にある網膜や神経が引っ張られたり変質するなどして、さまざまな合併症を引き起こしやすくなり、やがては失明に至る可能性もあります。日本では、高度近視が失明原因の第4位と報告されているほどです。

 その近視になっている子どもが増えていることは、皆さんも肌で感じているのではないでしょうか。実際に都内のある公立小学校で調査したところ、4分の3の子どもが近視でした。ある私立中学校では、約95%の生徒が近視という結果も出ています。日本だけではなく、東アジアを中心とする世界中で増加していて、2050年には世界人口の半分近くが近視になると予測されています。近視対策は世界的な問題なのです。

大学発のベンチャー企業を立ち上げて、
近視の進行を抑える眼鏡を研究・開発

髙宮 敏郎さんTakamiya Toshiro

(たかみや としろう)サピックス・代ゼミグループ共同代表(代々木ゼミナール 副理事長)。1997年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入社。2000年、学校法人髙宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学して大学経営学を学び、博士(教育学)を取得。2004年12月に帰国後、同学園の財務統括責任者を務め、2009年より現職。SAPIX小学部、SAPIX中学部、Y-SAPIXなどを運営する日本入試センター代表取締役副社長などを兼務。

髙宮 近視の進行を抑制する効果的な方法はないのでしょうか。

坪田 実は近年、太陽光に3%ほど含まれているバイオレットライト(紫の波長)に近視の進行を抑える働きがあることがわかってきました。

髙宮 そのバイオレットライトは、どのようにして浴びたらよいのでしょうか。

坪田 バイオレットライトは、窓ガラスや眼鏡、コンタクトレンズを通過することができません。ですから、自然に浴びようと思うなら、屋外に出て裸眼で過ごす必要があります。浴びる時間の目安は週に14時間、1日当たり2時間程度です。もちろん、太陽を直視してはいけません。

髙宮 低学年までは外で遊ぶ時間は多いのでしょうが、学年が進むと勉強などに時間を取られてしまいますから、屋外で過ごす時間を確保するのは難しくなってしまいますね。

坪田 ご指摘のとおりです。そこでわたしたちは、学童期に少しでも近視の進行を抑えられるよう、眼鏡メーカーと共同でバイオレットライトを通す眼鏡レンズを開発しました。さらに現在、眼にバイオレットライトを照射する子ども用眼鏡の開発にも取り組んでいます。これは「研究室レベル」ではなく、すでに実際に子どもたちにかけてもらって、効果や安全性を検証する「治験」の段階にまで進んでいます。

髙宮 先生は角膜治療の第一人者としてご高名ですが、それだけにとどまらず、2015年に大学発のベンチャー企業である坪田ラボを立ち上げ、バイオレットライトを照射する眼鏡をはじめ、眼に関するさまざまな医療機器やサプリメントを開発していらっしゃいます。どういった経緯から起業されたのですか。

坪田 わたしは角膜を削って視力を矯正するレーシック手術や角膜移植手術などを専門としています。自分の持てる技術のすべてを駆使して手術を成功させれば、患者さんから「見えるようになりました」と喜ばれます。それは医師冥利につきることで、わたしもとてもうれしい。しかし、わたしとしては目の前の患者さん一人ひとりを治療するだけでなく、多くの人を対象に予防的な研究・活動を行いたいという思いを常に抱いていました。

 また、日本の産業を盛り立てたいという気持ちもありました。白内障の手術で使う顕微鏡はドイツ製ですし、手術用機器や眼内レンズもアメリカ製です。医療機器の分野では、日本からの輸出額よりも海外からの輸入額のほうが圧倒的に多いのです。これはとても残念なことですよね。 

 医療機器分野に象徴される、こうした日本の産業の根幹的な問題に政府も危機感を持ち、大学の責務に「イノベーション」が加わりました。これからの大学は、ただ研究と教育を行うだけではなく、イノベーションを起こして社会に変革をもたらしていくことが求められているのです。わたしも「自分の思いを実現するために、大学の枠にとらわれず、外に向かってチャレンジしよう」と考え、坪田ラボを立ち上げたのです。 

21年1月号 子育てインタビュー:
1|

ページトップ このページTopへ