受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

音楽プロデューサーが教える個性・才能の伸ばし方

子どもの可能性を引き出す
「好き」という気持ち

中脇 雅裕さんNakawaki Masahiro

(なかわき まさひろ)音楽プロデューサー、ミュージックセラピスト。大学在学中より、多くのTV、ラジオのCM音楽を制作。大学卒業後、財団法人ヤマハ音楽振興会にてポピュラー音楽指導ディレクターとして、音楽教育法の研究および講師の研修を担当。その後、レコーディングディレクターとして数々のアーティストの音楽制作を手掛ける。これまで携わったアーティストは、CAPSULE、Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅ、手嶌葵など。講演、ラジオDJなど幅広く活躍するほか、ワールドコア株式会社の代表取締役社長として、音楽を軸に新しいコンテンツの創作・提供にも携わる。

 AI時代といわれ、テクノロジーが重視される昨今、音楽にはどのような力が期待されているのでしょうか。人気アーティストのプロデューサー・著述家・ミュージックセラピストなどとして、多方面にわたって活動されている中脇雅裕さんに、サピックス・代ゼミグループの髙宮敏郎共同代表がインタビュー。音楽を多くの人に届けるための工夫や音楽が持つ新たな可能性、さらには子どもの力を引き出し、伸ばすためのポイントなどについて、お話を伺いました。

環境的には恵まれなかったものの
好きな音楽の道をひたすら追究

髙宮 音楽関係の仕事に就きたいと夢見る人はたくさんいますが、それを実現する人はひと握りです。中脇さんは、国際的に活躍するアイドルのPerfume(パフューム)やきゃりーぱみゅぱみゅの制作に携わるなど、音楽業界の第一線で活躍していらっしゃいます。ご自身が音楽を仕事にするまでの経緯をお聞かせください。

中脇 実は、わたしが育った家庭は裕福ではなく、楽器などは買ってもらえませんでしたし、習い事ができるような雰囲気でもありませんでした。でも、小学校2年生のときに、『グレン・ミラー物語』というジャズミュージシャンが主人公の映画をテレビで観て、ものすごく感動したんですね。それでジャズにあこがれるようになり、ラジオでひたすらジャズを聴くようになりました。

 最初は「聴く」だけで満足していたのですが、そのうちに「どうしても自分で演奏したい」という気持ちが高まってきました。それで、親にギターをねだり、中学生の誕生日のとき、ついにギターを買ってもらいました。しばらくは我流で弾いていたのですが、高校に入ってから、ようやくヤマハ(財団法人ヤマハ音楽振興会)でギターを習えるようになりました。

髙宮 小さいころから音楽教育を受けている人と比べて、差を感じることはありましたか。

中脇 高校からは1日4〜5時間くらい弾いていたのですが、始めるのが遅かったせいか、もともとの資質なのか、限界を感じることはありました。小さいころからピアノなどを習っていた人と比べて、譜面が読めなかったり、絶対音感がなかったり…。そのため、曲をマスターするのに時間がかかっていました。

 でも、一生懸命に練習しているうちに、音楽教室から「バイトで教えてみないか」という声が掛かるようになりました。遅くから始めたからこそ、生徒の「できない」という感覚がわかってよかったのかもしれません。程なくして、ヤマハの講師の資格も取れました。そして、教える仕事と並行して演奏活動や作曲も行い、そちらでも稼げるようになり、大学生のころには「音楽の道でやっていけるかもしれない」と思えるくらいになっていました。

髙宮 音楽の道に進めた中脇さんは、進めなかった多くの人たちと、どこが違っていたのでしょうか。

中脇 演奏だけでなく、ギター講師、作曲など、多角的な仕事をこなせたことがプラスになったのではないでしょうか。

髙宮 遅いスタートであったとはいえ、自分の意志で始めたからこそ、意欲的に取り組めたという面も大きかったのかもしれませんね。

「売れる」音楽を作るためには
オリジナリティーと柔軟性が必要

髙宮 敏郎さんTakamiya Toshiro

(たかみや としろう)サピックス・代ゼミグループ 共同代表(代々木ゼミナール 副理事長)。1997年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入社。2000年、学校法人髙宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学して大学経営学を学び、博士(教育学)を取得。2004年12月に帰国後、同学園の財務統括責任者を務め、2009年より現職。SAPIX小学部、SAPIX中学部、Y-SAPIXなどを運営する日本入試センター代表取締役社長などを兼務。

髙宮 CM音楽なども手掛けていらっしゃったということですが、フリーランスの音楽家として途切れずに注文を得るためには、どのようなことが求められるのでしょうか。

中脇 「軸」となるものはあったほうが絶対にいいと思います。わたしの場合は、ジャズフュージョンというジャンルが好きで、そこに自分の音楽の軸足がありました。ただ、いろいろな注文に対応する柔軟性も必要です。CMの音楽を作っていると、ロック、クラシック、コミカルなものなど、さまざまなオーダーが来ます。目の前のクライアントの要望に合わせて、相手の喜ぶものを作る必要があり、その意味では「引き出しの多さ」も求められます。

髙宮 CM音楽のほか、不特定多数の人を相手に、アーティストをどう売っていくかというプロデューサー的な仕事もなさっています。これはどういったきっかけで始められたのですか。

中脇 10年ほど音楽教育の仕事をするうちに、コンテストの審査員も務めるようになりました。年間1000組以上のデモテープを聞いて優秀な人を見いだし、全国大会に送り出すのですが、その際にいろいろなアドバイスもします。それが、そもそもの始まりでした。やがて、ヤマハの音楽制作というセクションに移り、わたしがサポートしていたアーティストをデビュー後も担当することになり、プロデュースの仕事もするようになったのです。

髙宮 売れるアーティストとそうではないアーティストの差は、どこにあるとお考えですか。

中脇 まずは、自分がエンターテインメントをやりたいのか、アートをやりたいのか、はっきりとさせることが必要です。アートというのは自己表現ですから、自分が好きなものを好きなように作ればいいでしょう。でも、エンターテインメントとして多くの人に売れることをめざすのであれば、話は別です。ビジネスとして、売れることを前提条件とし、目的や指針を持って取り組まなくてはなりません。プロといわれるミュージシャンのなかにも、そのスタンスの違いがわかっていない人は意外にたくさんいます。

 エンターテインメントのための音楽作りは製造メーカーの物作りと一緒で、消費者の「ニーズ」(必要なもの)や「ウォンツ」(ほしいもの)を考えなければなりません。それなのにマーケットを無視して、「自分の好きな音楽を作れば、みんなわかってくれる」と勘違いし、自分の好きなジャンルにこだわり、好きなアーティストに似たものを作って満足している人も多い。そうやって作られた二番煎じは、まず売れません。

髙宮 個性を確立する一方で、マーケットの動向に気を配ることも必要なのですね。たとえば音楽の聴き方も、レコードからCD、そしてスマートフォンでの視聴に移行していくうちに、「最初の数秒で聴くかどうか判断する」というように変わってきたと思います。そうした点も、プロデューサーとしては意識なさっているのですか。

中脇 おっしゃるように、今は冒頭の10秒で勝負が決まる部分があります。そういったリサーチには、チームでかなり綿密に取り組んでいます。ただ、音楽で難しいのは必勝パターンというものがないことです。デビュー曲で大成功しても、2曲目以降もそれを繰り返していると、だんだんと飽きられて売れなくなっていきます。売れた後に、どれだけ冒険できるかが問われます。そういう意味でPerfumeなどは、楽曲のオリジナリティーを保ちながら映像演出などを変えていくなどして、うまくバランスをとっていると思います。

22年1月号 子育てインタビュー:
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