受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

「侍ハードラー」が教える目標達成メソッド

能力を開花させるためには
長期的視野と戦略的な思考が必要

為末 大さんTamesue Dai

(ためすえ だい)1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初めてメダルを獲得。3度のオリンピックに出場。男子400mハードルの日本記録保持者(2022年3月現在)。現在は執筆活動、会社経営を行う。Deportare Partners代表。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。Youtube為末大学(Tamesue Academy)を運営。国連ユニタール親善大使。主な著作に『Winning Alone』(プレジデント社)、『走る哲学』(扶桑社)、『諦める力』(プレジデント社)など。

 400mハードルの国際大会で数々の実績を上げ、日本記録保持者でもある為末大さん。現在は、身体を通じて人間の可能性を探究するプロジェクトに取り組むほか、ランニングクラブを運営して子どもたちの指導にも携わっています。そのストイックなイメージから、現役時代は「侍ハードラー」と呼ばれた為末さんに、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がインタビュー。子どもたちの可能性を引き出す方法を伺いました。

能力を戦略的に伸ばしていけば
世界で十分に戦えると判断

髙宮 為末さんは、400mハードル走者として、シドニー、アテネ、北京と3大会連続で五輪に出場。世界陸上選手権では2回銅メダルを獲得するなど、トップアスリートとして活躍されました。オリンピアンレベルになるには、やはり早めに競技に打ち込んだほうがいいのですか。

為末 どのフィールドでがんばるのか、選ぶのは難しいですよね。スポーツも若年化が進んでいて、特に卓球などは4、5歳から始めないと、必要な動体視力が養われないといわれています。一方で陸上競技は、種目によっては18歳から始めても一流選手になれる可能性はあります。

髙宮 確かに、オリンピアンのなかには、小さいときからその競技一筋という人もいれば、途中で競技を変えて花開く人もいます。為末さんも、100m走で競技人生をスタートして、18歳で400mハードルという、ご自身が輝ける場所を見いだし、転向されましたね。

為末 選手には大きく分けて「その競技が好き」というパターンと、「勝つのが好き」「勝負が好き」というパターン、そして「社会的に喜ばれ、評価されるのが好き」という3パターンがあります。一つ目の人は、勝とうが負けようが、競技種目を変えることはありません。一方、残り二つの人は、勝てる分野を探します。わたしはどちらかといえば後者だったので、ハードルに転向しました。

髙宮 なぜ、ハードルを選んだのですか。

為末 わたしは早熟すぎたこともあり、100m走のタイムが高校になると伸びなくなったのです。でも自分としては、何とか陸上競技で生きていきたいと考えていました。いろいろと模索するなか、国際試合を見ていたら、ハードル走競技はトップ選手でも動きがあまり洗練されていませんでした。それで、「動きを研究して磨けば、自分でもトップ層に入り込めるかもしれない」と思ったのです。環境を変え、自分の能力を戦略的に伸ばしていけば、世界で十分に戦えると判断しました。

 競技生活に限らず勉強をはじめとして、いろいろな分野にいえることですが、人の成長パターンや得意分野には個性があります。若い人ほど、ともすれば「今、これしかない」と焦り、努力でカバーしようとしますが、そうした姿勢はあまりお勧めできません。時間軸を長くとって、客観的に自分を見つめるべきです。行き詰まったときはジャンルを変えたり、どこで勝負が決まるかを研究したりして、戦略的に取り組むことが大切だと思います。 

小学生にとって最適な走法は
大人になったときには通用しない

髙宮 敏郎Takamiya Toshiro

(たかみや としろう)SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表(代々木ゼミナール 副理事長)。1997年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入社。2000年、学校法人髙宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学して大学経営学を学び、博士(教育学)を取得。2004年12月に帰国後、同学園の財務統括責任者を務め、2009年より現職。SAPIX小学部、SAPIX中学部、Y-SAPIXなどを運営する日本入試センター代表取締役社長などを兼務。

髙宮 為末さんは「新豊洲Brilliaランニングスタジアム」の館長としてランニングクラブを運営し、子どもたちの指導にもかかわっていらっしゃいますが、その際、どのようなことを心がけていますか。

為末 競技性を追求し過ぎないことでしょうか。タイムを追求するというよりは、「かけっこ」に近い感覚で取り組んでもらっています。子どもは成長し、体つきが変わります。小学生のときにいちばん速く走れる方法を追求しても、それが大人になったときの最適な方法ではないのです。実際、中学で100m走のトップだった選手は大成しづらいという傾向があります。これは、わたし自身の競技人生から学んだことでもあります。

 お勧めしたいのは、複数の競技をやりつつ、普遍性のある動きに取り組むことです。普遍性がある動きというのは、先ほど説明したかけっこなどがそうです。走ることは多くのスポーツに関係しますから。また、複数の競技を経験しておくと、体の動かし方の多様性が保たれ、別の競技にも移行しやすくなります。 

髙宮 文武両道をめざす子どもたちにとっては、大いに参考になるポイントですね。一方で、「足が遅い」と悩んでいる子どもたちも相当数いるかと思われます。そうした子どもたちへのアドバイスはありますか。

為末 走る速さは、歩幅と回転数の掛け算で決まります。回転数は自然と高まっていくので、小学生であれば、どちらかというと歩幅を広げることで足は速くなります。歩幅は地面に加える力が大きくなればなるほど広がります。その力を鍛えるためには、たとえばケンケンをするといいです。走る行為は片足ジャンプの連続なので、ケンケンのように片足ジャンプの動きができるようになると、地面に力を加えられるようになり、走りが弾んでくるのです。そうすると足が速くなります。

22年5月号 子育てインタビュー:
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