受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

わが子の中学受験を体験した作家からのアドバイス

チャレンジする勇気があれば
失敗さえも人生の糧になる

 受験生活は長きにわたります。子どもの成長を実感する一方で、なかなか成果が出ず、親子でつらい思いをすることもあるでしょう。作家の藤岡陽子さんも、保護者としてそんな体験をされたおひとりです。つらいこともあるけれど、何かに挑んだ経験はその後の人生の糧となる―。みずからの体験をもとに『金の角持つ子どもたち』(集英社文庫)を上梓した藤岡さんから、中学受験に挑む子どもたちと保護者の方々に応援メッセージをいただきました。

看護専門学校に通いながら
小説家デビューをめざす

広野 小説家にあこがれる子どもは数多くいます。藤岡さんが小説家になられた経緯をお聞かせください。

藤岡 わたしは子どものころから文章を書くのが好きで、大学は文学部の国文学科に進みました。そして、自分の特技を生かして働こうと、まずはスポーツ新聞社に就職しました。

広野 ところが、新聞社に入ったものの、やがて退職し、アフリカに留学されたそうですね。なぜでしょうか。

藤岡 新聞記者として4年間務めるなかで、書きたいテーマがだんだんと見えてきました。恵まれない状況のなかでも前に進む人たちや、光と影の「影」の部分でこつこつとがんばる人たちを描きたいという気持ちが強くなり、そのためには小説家になったほうがいいと思ったのです。わたしはどちらかというと直感で動くタイプなので、すぐに新聞社を退社しました。

 そして、一度日本を出て、自分というものを見つめ直そうと思い立ち、タンザニアに留学したのです。現地ではスワヒリ語を学びましたが、勉強もさることながら、生活そのものが大変でした。電気や水道などのインフラがまったく整備されていない環境で1年間を過ごすなかで、自分の考えを熟成させていきました。

広野 帰国後は、順調に小説家としてデビューできたのでしょうか。

藤岡 帰国して、27歳から小説を書き始めましたが、なかなか認めてもらえませんでした。何らかの文学賞で新人賞などを取らないとデビューできないのですが、落選続きでした。いつまでたってもデビューできないので、「もしかしたら、一生小説家にはなれないかもしれない。自分の足で立てるようにしておかなければ」と考え、看護師の資格を取ることにしました。看護師をめざしたのは、タンザニアで2回マラリアにかかるなど、生と死が隣り合わせになっている状況のなかで暮らしたので、医療の大切さを身にしみて感じていたからです。

広野 そして看護専門学校に通われたわけですね。

藤岡 3年間学び、資格を取得しました。実はこの時期、文学賞の最終候補で4回も落ちていて、「もうだめだ、プロの作家にはなれない」とあきらめかけていたのですが、たまたまわたしの作品を気に入ってくださった編集者がいて、デビュー作を書くことができました。それが看護学校を舞台にした『いつまでも白い羽根』(光文社)です。

日々の生活のなかで
子どものがんばりを認めてあげよう

広野 受験生をサポートする保護者の方々に、同じ体験をされた先輩として、藤岡さんから応援メッセージをお願いします。

藤岡 皆さんにお伝えしたいことが、三つあります。まず、受験が終わったら子どもにどんなことばを掛けるのか、考えてほしいということです。わたしが考えたのは、「合否を問わず、3年間がんばってこられたことがとてもうれしかった」ということばでした。そう言おうと決めると、自分が子どもに対して「もっと成績が上がるはずだ」などと、もやもやとした感情を抱いたときも、そのことばを思い出すことによって、「わたしは、子どもがここまでがんばることができたことに満足しているはずだ」と、自分の気持ちを落ち着かせることができました。受験後にどんなことばを掛けようかと考えることで、受験をさせる理由が見えてくるし、子どもを長い目で見守れるようにもなると思います。

 二つ目は、「親子で一緒にがんばろう」という気持ちが大切だということです。たとえば、時には算数の問題を一緒に解いてみてください。「こんなに難しいことをやっているんだ」と、子どもの気持ちに寄り添えるようになります。

 三つめは、勉強以外のところでほめてあげてほしいということです。「朝、時間どおりに起きられた」「塾にきちんと行けた」など、日常生活のなかのささいなことでかまいません。特に5・6年生になると、周りのみんなもがんばりますから、成績が伸び悩み、勉強で行き詰まりを感じることもあるかと思います。ちょっとしたことでもうんとほめて、子どもの気持ちを引き立ててください。また、ほめることによって、親子関係がより円滑になるという効果もあると思います。

広野 成績は相対評価なので、本人の学力が上がっていても、順位や偏差値になかなか反映されず、受験生本人も保護者の方も、もどかしく感じることがあるかと思います。でも、保護者の方は子どもの力を信じることが大事ですね。良いところをたくさん見つけて、日々ほめてあげてください。本日はありがとうございました。

『金の角持つ子どもたち』
藤岡陽子 著
集英社文庫
660円(税込)

 中学受験を題材にした長編小説。「サッカーをやめて、塾に通いたい」「最難関中学を受験したい」…、小6になる俊介は、ある日突然、両親にそう打ち明けます。戸惑いながらも、その挑戦を応援することを両親は決意。「挑む」ことで自分を変えようとする、両親、俊介、塾の講師、三者の姿が描かれます。

『空にピース』
藤岡陽子 著
幻冬舎 刊
1,870円(税込)

 小学校教師のひかりは、新たな赴任先で、授業中に立ち歩く子、日本語が話せない外国籍の子、不登校気味で給食だけ食べにくる子などに出会い、衝撃を受けます。しかし、同僚からは「この学校では何もしないこと」と釘を刺されます。虐待や貧困など、現代日本の子どもを取り巻く問題に、ひかりはどう立ち向かうのでしょうか─。

22年9月号 子育てインタビュー:
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