受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

元駐米大使から未来を担う子どもたちへのメッセージ

自分の力を「決めつけない」で
高い目標に向かってジャンプしよう

藤崎 一郎さんFujisaki Ichiro

(ふじさき いちろう)神奈川県生まれ。慶應義塾大学、米ブラウン大学、スタンフォード大学院にて学ぶ。1969年、外務省に入り、北米局長、外務審議官、ジュネーブ国際機関日本政府代表部大使などを経て駐米大使を務め、退官。中曽根平和研究所理事長、日米協会会長。第二の人生で教育研究関係にも携わり、上智大学、慶應義塾大学、昭和女子大学などの特別招聘教授を経て、現在、北鎌倉女子学園理事長、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員、東京音楽大学特別招聘教授などを務める。

 新型コロナウイルス感染症の拡大や国家間紛争の長期化などにより、先行きの見通しが立てにくくなった現代社会。未来を担う子どもたちは、どのような力を身につけていけばよいのでしょうか。今回は、外交官として長年にわたり活躍され、現在は北鎌倉女子学園の理事長を務める藤崎一郎先生に、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表がインタビュー。今求められている国際力の育み方などについて伺いました。

一度きりの人生だから
生き方の選択は自分自身で

髙宮 藤崎先生は長年にわたって外交官を務められ、その後は教育の世界でも活躍されています。そうした経験をもとに、『まだ間に合う 元駐米大使の置き土産』という著書を上梓されました。どういった思いで執筆されたのですか。

藤崎 一つは、何の裏づけもないのにいわば定番となってしまっている若い人向けのアドバイスに、反論したいという思いがありました。たとえば、「若いうちは先のことなど考えず、目の前のことにのめり込め」「外国に行く前に日本のことを知れ」「英語は道具にすぎない。それよりも中身が大事」といったものですね。

 もう一つは、わたし自身が失敗しながら学んできた、組織や国際社会で仕事をしていくための姿勢やこつをお伝えしたいという思いもありました。

髙宮 「まだ間に合う」ということばは、いろいろな意味にとらえることができて、非常にいいタイトルだと思います。この先の人生が長い子どもたちや中高生は、今、何を考え、どう行動すべきでしょうか。

藤崎 持って生まれた能力や姿かたち、育った家庭の環境など、世の中はけっして皆平等ではありません。しかし、誰にも人生は一度きりという意味では皆に公平です。一度きりだからこそ、自分はどう生きるのか、自分の意思で決めることが大切になります。

 「親が医者だから」とか、「偏差値が高いから」といった理由で医学部に行くのではなく、自分自身が何をしたいのか、よく考えるべきです。どんな仕事についても、気の合わない人はいます。わたしも外務省に入ってから、いやなこともありました。それを我慢できるかどうかは、自分がその仕事をやりたいと思って選んだかどうかによります。日本の場合、大学の学部選びで仕事がかなり決まってしまいますから、中高時代から、仕事について少しずつ考え始めるといいと思います。

 そしてもう一つは、受験など目の前にあるハードルを高く設定することですね。ハードルが低いと、それを跳び越えても着地する地点は短くなってしまいます。一方、高いハードルをがんばって跳び越えると、遠くまでたどり着けます。つまりは、自分のもとにある面積が広くなります。

 面積の狭いところには小さい建物、低い建物しか建てられませんが、広いところには大きな建物、高い建物も建てられます。可能性が広がるわけです。今は、自分の人生の可能性を広げるための土台作りのときだと考えてください。中高、さらに大学時代を入れても10年間ですが、その先の社会人生活は40年間続きます。わたしは10対40と言っています。10年間、学生生活を満喫して、その後、希望していたわけでもない仕事を一生やるのがいいか。もちろん、スポーツや趣味、勉強もらくらくこなす人もいます。自分自身がそのタイプかよく見極めることが大事です。鵜の真似をするカラスになってはいけません。そのうえで今なすべきことの優先順位を冷静につけることが大事です。「才能×努力+運」が「結果」になるのです。

英語力を鍛え続けて
社会で広く、長く活躍を

髙宮 敏郎Takamiya Toshiro

(たかみや としろう)SAPIX YOZEMI GROUP共同代表(代々木ゼミナール 副理事長)。1997年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入社。2000年、学校法人髙宮学園代々木ゼミナールに入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学して大学経営学を学び、博士(教育学)を取得。2004年12月に帰国後、同学園の財務統括責任者を務め、2009年より現職。SAPIX小学部、SAPIX中学部、Y-SAPIXなどを運営する日本入試センター代表取締役副社長などを兼務。

髙宮 今は感染症の拡大や国家間の紛争などにより、世界の人やモノの流れが滞っています。混迷を極める国際社会で活躍していくためには、どのような力が必要でしょうか。

藤崎 今のような流れの滞りは一時的だと思います。どんな仕事につくにせよ、国際社会も念頭に置くほうが得です。今後、社会で活躍するために求められるのは、「専門性」と「コミュニケーション力」、そして「自主性」の三つです。

 まず、どの専門分野を選択するかについては、二つの物差しがあると思います。一つは「10年後でも役に立つかどうか」という時間軸、もう一つは「世界のどこでも役に立つか」という空間軸です。時間軸からいえば、今の政治経済を勉強してもすぐに変わってしまいます。法律や金融といった社会の枠組みそのものは変わりません。技術革新で簡単になくならないということも大事です。あるいは、人間に接する医療や介護、教育、デザイン・芸術といった仕事も、時代を超えて必要とされるのではないでしょうか。もう一つの空間軸から見ると、学者になるなら別ですが、外国語や外国について専門にしても、その国の人にはなかなかかなわないので、日本でしか通用しない専門家になってしまうと思います。

髙宮 2番目のコミュニケーション力に関しては、「英語にどう取り組ませればよいのか」と悩む保護者の方が多いようです。

藤崎 英語については、中高生のうちから真剣に取り組むことをお勧めします。国際社会の共通語は今や英語だからです。国際社会のトップはほとんど英語でやり取りしています。大学に入ると第二語学にいそしむ人もいます。しかし、大学入試を突破したレベルの英語では国際社会でまったく太刀打ちできません。大学以降も英語をしっかり勉強することをお勧めします。第二語学はネットワーキングのためと割り切ればいいと思います。おぼつかない第二外国語で交渉したり、契約したりすれば相手の思う壺です。

髙宮 3番目の自主性については、日本人のウィークポイントといわれています。また前の二つと違って、やや抽象的なので、どうやってそれを身につけたらよいか、わかりにくいという面もあります。

藤崎 自分の考えを明確に持ち、これを発言することから始まります。「想像」と「創造」という二つのソウゾウ力を大切にすることを心がけてください。想像力というのは、人の立場に立ったり、いろいろと違った可能性を考えたりする力です。創造力については、別にエジソンやスティーブ・ジョブスになれとは言いません。ただ職場や組織において、折に触れてちょっとしたプラスアルファの提案をし、違いをもたらすことができるかどうかということです。他の人とまったく同じなら、自分がそこにいる意味はなくなります。

『まだ間に合う 元駐米大使の置き土産』
藤崎一郎 著
講談社 刊
990円(税込)

 人生に「もう遅すぎる」はありません─。元駐米大使で、現在は教育者としても活躍する著者が、実体験をもとに失敗談も交えながら綴った、次世代への提言書。「自分で考える」「時間管理を覚える」「危機への対処」といった学生・社会人・国際人の心得はもちろん、「英語の訓練法」など具体的なアドバイスも紹介されています。

22年11月号 子育てインタビュー:
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