受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

サピックスecoクラブ 知りたいecoワード

サピックスecoクラブ 知りたいecoワード No.03/特別編 江戸時代のえこ事情~

寒さをしのぐ衣服の工夫


▲ 青森県に伝わる刺し子の技法の一つ「こぎん刺し」

冬の衣服といえば、何を思い浮かべますか。毛糸を使ったセーターでしょうか。水鳥の羽毛を使ったコートも暖かいですね。現代では自由に衣服を選ぶことができますが、江戸時代には、着る物の素材を制限されていた人々がいました。冬の寒さをどのように乗り切ったのでしょうか。


もんた 今日の師匠のかばんはおしゃれですね。
えころじ師匠 おぉ、気がついてくれてうれしいぞ。これは刺し子をほどこしてあるのだ。
もんきち 刺し子ってなーに?
えころじ師匠 刺し子というのは、布に糸で三角形やひし形などの図柄を刺しゅうして縫い込むことだ。江戸時代の人々は、衣服に刺し子をしていたのだよ。
もんきち とってもおしゃれだけど、ぼくがやったら目がちかちかしそうだよ。
えころじ師匠 ははは。そうかもしれんな。
もんた でも、どうしてこんなに手間をかけてまで、おしゃれにしようとしたのかなぁ…。
えころじ師匠 刺し子の始まりは、おしゃれに着飾るためではなかったとも考えられている。
もんきち え!? じゃあ、何のため?
えころじ師匠 暖かさを保つためというのがまず一つ。
もんきち えー驚き!
えころじ師匠 ある地域では、綿の着物を着られなかったことで、刺し子が広まったようだ。
もんた 綿ってどこにでもありそうな気がしますが?
えころじ師匠 綿は、暖かい地域で栽培するのに適した植物だ。そのため寒冷地では、ほかの地域から買い入れる必要があったが、それでは費用がかさむ。そこで、現在の青森県に当たる一部の地域では、農民は農作業のときに着る服から肌着に至るまで、綿でできたものを身につけることが禁止されていたのだ。

●青森県

もんきち 禁止って厳しいね。じゃあ、何を着たの?
えころじ師匠 この地域の多くの人々が着用したのは麻だ。麻の衣服の特徴を知っているかな?


青森県立郷土館蔵

もんた はい! 風を通しやすく、触るとさらっとしているから夏にはぴったりなんですよね!
えころじ師匠 うむ、そのとおりだ。麻布は目が粗いからな。しかし冬はどうだ?
もんきち 冬の冷たい風を防げないから寒そう。
えころじ師匠 しかも青森の冬は雪が深く、寒さは厳しい。そこで、風が通る目を少しでもなくすために、糸で一つひとつ埋めていった。このようにして、保温効果を高めていたのだ。
もんきち ほほぉ~。
えころじ師匠 ほかには、布を丈夫にする目的もあったようだ。農民は農作業をするときに、重いかごなどを背負う。すると肩や背中の部分がすり切れてしまうだろ?
もんた 確かに、そうですね。


▲ 刺し子をして布を丈夫に

えころじ師匠 それを防ぐために、肩や背中の部分に刺し子をほどこした。
もんきち 刺し子をすると、そのままの麻布より少し暖かくなるうえ、生地が丈夫になる。一石二鳥だ!
えころじ師匠 このような衣服は当時の人々の暮らしの知恵を伝えている。だから、今でも大切に保管されているものがあるのだ。
もんた ぼくらが麻の服を冬に着ることはあまりないけれど、文化や技術は受け継いでいきたいですね。

冬も春も服の見た目は同じ?

綿が利用できる地域で行われていた防寒対策が綿入れです。当時は夏場を除いて「あわせ」という着物が着用されていました。あわせとは、裏地の付いた着物のことです。寒さが本格的になる前に、あわせの縫い目をほどき、表地と裏地のすき間に綿を入れ、体温が逃げないよう着物に細工をしていました。春がきたら、今度は綿を抜いて、再びあわせとして着ます。わたしたちは季節によって異なる服を着用することが多いですが、江戸時代の人々は同じ着物を工夫してうまく着用していたのですね。

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