受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

おしえてピグマはかせ

サピックスの通信教育・ビグマキッズくらぶ おしえてピグマはかせ

No.97

 「ピグマキッズくらぶ」は、小学1年生から4年生のために開発されたサピックスの通信教育です。そのテキストでおなじみのピグマはかせが、皆さんがふだん疑問に思っていること、不思議に思っていることにお答えします。
 今回は交通ルールのお話です。日本では、歩道のない道で、歩行者は右側を歩き、車は左側を走ることが法律で定められています。しかし、外国では、多くの場合、車は右側通行です。なぜなのでしょうか。

なぜ日本では車は左側通行なの?

外国では右側通行が多い

げんちゃん 学校で交通安全のDVDを見たよ。車は左側通行、歩行者は右側通行っていうのはわかるけど、どうしてそう決めたのかなあ。
さやかちゃん そういえば、アメリカでは車は右側通行だってお父さんが言ってたわ。
げんちゃん へえー。国によって違うのか。
ピグマ博士 自動車が左側通行なのは、日本以外ではイギリス、オーストラリア、インドなど。逆に右側通行なのはアメリカ、フランス、ドイツ、中国、韓国、ロシアなど。世界では右側通行の国が圧倒的に多いよ。
えりちゃん どうして右側通行が多いの?
ピグマ博士 ヨーロッパの国々はほとんど右側通行だけど、今から2500年以上前の古代ローマの時代には、馬車などは左側を通行していたことが、遺跡に残っている車輪の跡などからわかっているよ。古代ギリシャや古代エジプトでも左側通行だったといわれていて、それがなぜ後の時代に右側通行になったかについては、いろいろな説がある。たとえば馬車の御者は右手でむちを振るうので、左側通行だと、向かい側から来る馬車にむちを当てる可能性が高い。そうならないように、右側通行になったんじゃないかとかね。
ひかるくん そうか、右側通行だと、むちを持つ手は外側になるものね。
ピグマ博士 それから、フランスのナポレオンがヨーロッパ各国を征服したときに、右側通行に変えたという説もあるよ。ナポレオンは向かい合う敵の右側面(敵から見れば左側)を攻撃する戦術で、たくさんの戦いに勝利したんだ。敵の右側を攻撃するため、自軍は右寄りに動き、右側から左方向に攻め込むよう、通常の移動も右側通行を徹底させたというわけ。だからナポレオンに支配されなかったイギリスや、イギリスの植民地だったオーストラリアやインドは左側通行のままというわけだね。

武士が右側を歩くとけんかになる?

えりちゃん もともとは左側通行の国が多かったのね。
ピグマ博士 車だけではなく、人も左側通行が普通だったようだよ。それは人間の体のつくりとも関係しているんだ。人は右利きのほうが圧倒的に多いけど、右利きの場合、右側の空間が広く空いているほうが動くときに都合がいいよね。だから左側通行をするのは自然なことなんだ。
さやかちゃん わたしも歩くとき右手で荷物を持つことが多いから、右側に塀があると、窮屈な感じがすることがあるわ。
ピグマ博士 昔は特に、旅に出るときなどは襲われないよう、右手で剣や刀を扱いやすいようにしておく必要があったんだ。日本では武士は左の腰に刀を差していたけど、右側通行だと、狭い道などで前から来た武士とすれ違うとき、刀のさやが触れ合ってしまう恐れもある。だから自然に左側を歩くようになったもといわれているよ。
げんちゃん 馬車の御者のむちと同じで、刀が当たると、けんかになりそうだよね。
ピグマ博士 車両は左側通行と決められたのは明治時代になってからで、それはイギリスの制度にならったともいわれているよ。
ひかるくん じゃあ、どうして人は右側通行になったの?
ピグマ博士 法律で車両は左側を、歩行者は右側を通行すると決められたのは、戦後間もないころ。それまでは車も人も左側通行だったんだけど、自動車の交通量が増えて事故が多くなったので、自動車と歩行者は向き合う形で通行するように変えたんだ。そのほうが、歩行者も前から車が来ているのがわかって、注意できるからね。
ひかるくん 多くの外国と同じように、人は左側通行のままで、車を右側通行に変えてもよかったんじゃないの。
ピグマ博士 そういう話が出た時期もあったけど、車の左側通行を右側通行に変えることは簡単にはできないんだ。自動車の運転席を左側に変えたり、バスの乗降口を右側に変えたり、信号を付け替えたりと、変えなくてはいけないことがとても多いからね。
えりちゃん 世界中が同じ交通ルールのほうが便利だけど、同じにするのは大変なのね。
ピグマ博士 その国にはその国の道路事情や経済事情、生活習慣があるからね。

■保護者の方へ

 国が交通ルールを決める背景には、地理的、歴史的、外交上などさまざまな事情があります。通行区分の変更には多大な負担が伴いますが、第二次世界大戦前後、あるいはそれ以降に、独立や領土の変更などで通行区分を変更した例は少なくありません。たとえば、戦後アメリカ軍の統治下におかれた沖縄では、アメリカにならって自動車が右側通行になりましたが、1972年に日本本土に復帰すると、その6年後に左側通行に変更されました。またスウェーデンのように、周辺国との通行を考えて自動車を右側通行に変更した例もあります。ただ、隣国どうしで左右の通行区分が異なることもあり、そうした国境を越える道路の車線がどのように工夫されているのか、調べてみるのもおもしろいかもしれません。

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