受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

12.02月号 子育てインタビュー目次:
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料理研究家が勧める“幸せいっぱいの親子クッキング””

浜田 陽子さん

はまだ ようこ●1976年、徳島県生まれ。株式会社Studio Coody(スタジオコーディー)代表取締役・料理研究家・栄養士。東京都世田谷区内のオフィススタジオにて「スタジオコーディーキッズクッキング」を主宰。「生活習慣病」「食育」「ダイエット」「乳幼児栄養」を専門分野とし、“心とカラダに美味しいレシピ”をテーマに、雑誌・新聞・WEBなどに多数のレシピを提供。大学、小学校、幼稚園などの教育現場や企業では食育や栄養学の講師も務める。
浜田陽子オフィシャルサイト http://www.coody-t.com/

料理を楽しみながら発想力や思いやりの心を育む/食生活が健康づくりのために重要であることはわかっていても、具体的にどのように実践すればよいのか、あれこれと悩んでしまうものです。忙しい受験生を抱えている場合はなおさらではないでしょうか。そこで今回は、子どものための料理教室を開催するなど、多彩な活動を通して「食育」の重要性を提唱する料理研究家の浜田陽子さんにインタビュー。親子で料理を作ることのすばらしさや大切さ、無理をせず、楽しく、子どもの食生活を整える秘訣などを伺いました。

作る人の気持ちと “食”への理解を深め、 健やかに育ってほしい

―料理研究家といえば一般的に、「さまざまな料理のレシピを考案する仕事」というイメージがあります。浜田さんはどのような活動をされているのですか。

浜田 これまでに開発してきたレシピは、11年間で約3万種類。試行錯誤を繰り返した分も加えると、4万種類を超えるのではないでしょうか。これには、病院の入院食用にプロデュースした朝・昼・夕食5年分なども含まれます。もちろん、料理本に共著者としてレシピを提供することもありますが、わたしはあまり出版にはこだわっていません。テレビや新聞、雑誌、ラジオなど、さまざまなメディアを通じてレシピを紹介しています。

―セミナーなどの講師としても活躍されているそうですね。

浜田 対面で人とかかわれる料理セミナーや講演会などの仕事は、こちらのメッセージが伝わりやすいので、積極的に引き受けています。お子さんや保護者の方を対象に食育についてお話をしたり、大学で「スポーツと健康の実践栄養学」をテーマに講義をしたりしています。
 また、東京都世田谷区のスタジオでは子ども向けの料理教室《キッズクッキング》も開催しています。こちらは、料理作りを通じて、調理技術だけでなく、「この材料がどうなるのかな」という発想力や創造力、「ほかの子と協力しよう」「お父さんやお母さんに喜んでほしい」という他者への思いやりを育むために実施しています。
 1~2品を90分かけて子どもに作らせるのですが、同時に味覚実験などを行うこともあります。そして、「おうちでも作ってみてね」と働き掛けることで、家族に「おいしい」と言ってもらえる喜びを味わってもらいます。こうした試みを通じて、食への理解が深まり、作る人の気持ちがわかるようになることで、「子どもの好き嫌いがなくなった」という声も聞きます。
 ご家庭でも、お子さんに料理を作らせてみてはいかがでしょうか。受験生は忙しいかもしれませんが、脳も勉強で使っている部分とは違う場所が刺激されて、良い息抜きになると思います。ただし、子どもに料理をさせるときは、「そのやり方は違う」「だめ」「汚い」などは禁句です。料理というのは創作活動ですから、伸び伸びとやらせてあげてください。

―レシピ開発にとどまらず、講師やキッズクッキングスクールの実施など、さまざまな活動を展開されているわけですが、その原動力となっているのは何でしょうか。

浜田 現代の子どもはもちろん、残念ながら保護者の方々も「食育崩壊世代」と言ってよいでしょう。今の子どもたちが健やかな大人になり、そして親になるには、毎日の食生活をどうしたらよいのか。それを保護者の方、そして子どもたち自身にさまざまな方法で訴えかけていきたいという思いで、仕事に取り組んでいます。

育児サークルを立ち上げ、 「親子クッキング講座」を開催。 それが今の仕事の出発点に

―浜田さんが料理の道を志すようになったきっかけは何だったのでしょうか?

浜田 わたしは、母が握ってくれるおにぎりが大好きでした。そこで小学校3年生のときに、自分も母におにぎりを作ってあげ、びっくりさせようと思い立ったのです。実際に作ってみると、なんだか微妙に甘い、変な味がします。「おかしいな?」と思いながら、塩を思いっきり足してみました。今思うと、それは塩ではなく、うま味調味料だったのですが(笑)、とにかく母にそのおにぎりを差し出しました。そうしたら、母がそのうま味調味料まみれのおにぎりを「おいしい!」と食べてくれたのです。その瞬間、体中に電気が走るような喜びを感じ、料理作りのおもしろさに目覚めたのです。4年生のころにはもう「コックさんになる」と決心していました。また、中学2年生のときにテレビで「これからは食育が必要な時代が来る」という内容のコメントを聞いて感銘を受けたことも、今の仕事につながっています。

―料理の修業はどのようになさいましたか。

浜田 10代のころ、学校に通いながら寿司割烹で修業をしました。フレンチ、イタリアンなど、選択肢はいろいろとありましたが、やはり日本人の求めるものが凝縮されているのは和食の世界だろうと考えたのです。ただ、和食の世界は男性社会です。最初は、修業したいとお願いしても「ここは女性が来るところではない」と追い返されました。それでもあきらめず、何度も何度もお願いして、やっと弟子入りがかないました。そこで3年間働いて思ったのは、自分は一つのことをストイックに追求する職人タイプではないということです。料理人では自分のやりたいことはできない、もっと広く社会にかかわる仕事をしたいと思うようになりました。
 とはいえ、そこから先は紆余曲折の連続です。地元徳島の短大を卒業後、すぐに結婚して、21歳で長男を、23歳で長女を出産し、専業主婦になりました。周りに“ママ友”がいなくて、子どもをどう育ててよいのかわかりません。育児書を読みあさりましたが、かえって「こうするべき」という思いにとらわれて、育児ノイローゼ気味になってしまいました。「明日が来るのが怖い」というような精神状態が続き、「このままではいけない」と、地域の母親を対象に自分で育児サークルを立ち上げました。
 そこで仲間ができて、情報交換をするうちに、「みんな同じようなことで悩んでいたのだ」と、それまでの悩みが一気に解消。わたしと同じように悩むママのために自分にもできることはないかと考え、栄養士の資格を生かして、離乳食の講習会や「親子クッキング講座」をボランティアで開催したのです。
 「親子クッキング講座」では、自分が求めていたサービスをそのまま実現しました。親子で参加してもらって、調理実習したあと、みんなでわいわい食べてお友だちづくりをする、というものです。この企画は大好評で毎回満員御礼、テレビ番組やタウン誌などでも取り上げられるほどでした。これが現在のスタジオコーディー《キッズクッキング》の原点になりました。

―そのサークル活動的なものが、いつしか仕事に発展していったのですね。東京に出ていらっしゃったのはどうしてですか。

浜田 いろいろな事情があって離婚することになり、生活力をつける必要が生じました。そこで起業することになったのですが、「どうせやるなら、できるだけ大きな仕事をしたい」「思いをたくさんの人に届けたい」と、東京に拠点を持つことしたのです。当初の数年間は徳島の実家に子どもを預け、東京の事務所と徳島を行き来する日々。3年間ほどがんばって、ようやく子どもを東京に呼び寄せることができるまでになりました。

12.02月号 子育てインタビュー目次:
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