受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

16.5月号 子育てインタビュー目次:
1|

『算数のおもしろさを訴え続ける数学者からのメッセージ」

芳沢 光雄さん

(よしざわ みつお)●桜美林大学学長特別補佐、リベラルアーツ学群教授。理学博士。1953年、東京生まれ。75年、学習院大学理学部数学科卒業。83年、慶應義塾大学商学部助教授、96年、城西大学理学部教授を経て、2000年、東京理科大学理学部教授。2007年より現職。90年代前半から算数・数学のおもしろさや重要性を訴え、啓蒙活動に取り組む。主な著書に、『新体系・中学数学の教科書(上・下)』、『新体系・高校数学の教科書(上・下)』(ともに講談社ブルーバックス)など。

おもしろくて、社会に役立つ算数・数学
身近なたとえ話で興味を喚起

堀口 芳沢先生は、さまざまな活動を通して、算数・数学のおもしろさや重要性を世の中に伝えていらっしゃいます。そのきっかけは何だったのでしょうか。

芳沢 わたしは、もともと大学で数学の研究や教育に携わっていて、当初は社会に向けて啓蒙活動を行うつもりはありませんでした。ところが1990年代から、いわゆる「ゆとり教育」が推進されるようになり、世の中に「小難しい数学なんて実生活に役に立たない」「大学に数学科なんていらない」という風潮が蔓延し始めました。

 そんなある日のことです。某テレビ局の番組で、高校数学について一人の生徒が、「授業で対数とかやっているけれど、あんなものが何の役に立つの?」とコメントしたのです。対数というのは、「Aという数を何乗すればBという数になるか」というように、指数や累乗にスポットを当てる数学の考え方です。この対数のおかげで大きな数が扱いやすくなり、天文学などが発達しました。けっして役に立たない学問ではありません。それなのに、スタジオでは「そうだ、そうだ! 社会で何の役にも立っていない!」と盛り上がっているのです。

 それを見たわたしは「もう我慢ができない!」と、居ても立ってもいられなくなりました。そして、数学の重要性を社会に訴えようと、まずは新聞社に電話をしてみたのですが、まったく相手にしてもらえません。そこで、出前授業や講演などを通じて、算数・数学のおもしろさや重要性を世にアピールする活動を始めたのです。

堀口 サピックスでも算数に興味を持ってもらうために、テキストや授業にさまざまな工夫を凝らしています。先生は、数学の重要性やおもしろさを伝えるために、どのようなことを心がけていらっしゃいますか。

芳沢 出前授業や講演などでは、身近なたとえ話をたくさん使って、興味を引くようにしています。対数などの説明のためによく使う「借金の話」もその一つです。

 現在、お金を借りる際の利息は法律で上限が決められていますが、それでも異常に高金利な「闇金融」というものがあります。なかには「トイチ(お金を10日間借りると、1割の利息をつけて返さなければならない)」という条件のものさえあります。その利息の計算法は「複利」といって、返済を引き延ばすと、借りたお金と利息を合わせた金額をもとに、利息を再計算するというものですから、返済金額はどんどん膨れ上がっていきます。

 さて、この「トイチ」の条件で1円を借りたまま10年経った場合、いくら返さなくてはならないかわかりますか。 答えは、なんと1000兆円以上です。10年はおよそ3650日ですから、1・1の365乗(1・1を365回掛ける)で、この金額になります。このような大きな数字を扱うときは、冒頭で紹介した対数を使えると、素速く計算できるようになるのです。

「大学入試は記述式にすべし」
マークシート式では思考力は育たない

SAPIX小学部教務部 堀口 斉

堀口 2000年ごろからは、ゆとり教育における算数・数学教育の問題点も指摘なさっていますね。

芳沢 当時、学習指導要領の改訂で、算数の教科書からさまざまな学びが消えていました。3桁×3桁の掛け算もその一つです。これは、「基本の2桁×2桁の計算さえマスターすれば、あとは応用でできるはずだ」という考えに基づくものです。

 しかし、わたしに言わせれば、2桁の数同士の掛け算だけを学ぶのでは不十分です。2桁同士の計算ばかりをやっていても、たとえばドミノ式に続く繰り上がりの処理がうまくできない、あるいは、723×809のように、間の位に0の入る数の掛け算に対応できない、といった弊害が出てきます。

 そうした問題点を指摘した文章を2000年5日5日付の朝日新聞の論壇時評に書き、ゆとり教育に異議を唱えたのですが、最初はなかなか理解してもらえませんでした。それどころか、厳しい批判を受けました。ところが、2006年に文部科学省が全国規模の学力調査を行ったところ、 2桁×2桁の問題の正解率は8割であるのに対し、3桁×2桁の正答率は5割と、大きな差が生じていることがわかりました。そこでようやく、「掛け算は3桁までしっかり演習しないとだめだ」ということを多くの人に納得してもらえたのです。これで風向きが変わり、「教科書見直し提言のメンバーに入ってほしい」という声が掛かるに至りました。

堀口 現在は、大学の入試改革についても意見を述べていらっしゃいますね。

芳沢 この10年間、「大学入試はマークシート式ではなく、記述式にすべきだ」と訴え続けています。

 本来、算数・数学はもちろん、国語や理科、社会も、「筋道を立てて考え、答えを導く」というものなのです。そして、そこに学ぶ楽しさがあります。ですから、本当に理解しているかどうかを測るためには、記述式でなくてはなりません。マークシート式では、当てずっぽうでも何でも、印を付けた選択肢が正解と一致していれば得点できてしまいます。こうしたマークシート式のテストがはびこっているから、若者の考える力や筋道を立てて説明する力が育たないのです。

堀口 そうした訴えがようやく実って、大学入試制度も変わろうとしていますね。中学入試では、記述重視の試験で受験生の実力を見極めようという形態が、従来から難関校を中心に広く採られています。

芳沢 記述式のテストであれば、「部分点」という形で受験生の理解度を細かく評価することができます。そういう意味でも、記述式は受験生本位の試験といえます。

16.5月号 子育てインタビュー目次:
1|

ページトップ このページTopへ