受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

16.7月号 子育てインタビュー目次:
|2

気鋭の生物学者が教える「読書」の効能

積み上げていくプロセスを
大切にすれば「考える力」は育つ

─人の体は、その人が食べたものからできている」などと言われます。では、福岡先生がこれまでに読んできた本は、現在の福岡先生のどんな部分を形づくっているのでしょうか。

福岡 わたしが本を書くときの「ことば」になっているのだと思います。

 わたしはこれまでに、昆虫や生物学関連の専門書に限らず、世界のSFやミステリーから、村上春樹やカズオ・イシグロの純文学まで、種々雑多な本を読んできました。そんなわたしが文章を書くとき、どんなことばを選び、どう表現するかは、やはりこれまでの読書体験がベースになっているに違いありません。わたしが今、自分なりに書いている文章も、実はこれまでに読んできた文章から学んだことば、真似したことばで構成されているのではないでしょうか。

─科学者をはじめ、理科系の人たちにとっても、「ことば」は重要なものなのでしょうか。

福岡 科学者のなかには、「データや数式さえ提示すればそれでよい」と考える人もいますが、わたしはそうは思いません。科学者同士であれば、データや数式だけでやり取りすることも可能でしょう。しかし、一般の人にデータや数式の意味を理解してもらうには、やはりわかりやすいことばで説明するしかありません。

 科学はそもそも、わたしたちみんなで共有すべきものです。だからこそ、科学者はわかりやすいことばで語る義務があります。わたしにとっての科学のゴールは、「生命とは何か」を万人にわかることばで語ることです。

─科学を語るうえで、福岡先生はどのようなことを心がけていらっしゃるのでしょうか。

福岡 本を書くとき、「○○とは」という言い方はできるだけ避けるようにしています。「分子生物学とは〜」「動的平衡とは〜」と説明するのは確かに簡単ですが、そうした「上から目線」の説明文を読んでも、そのことについて本当に学んだことになりません。

 「学び」とは本来、下から積み上げていくべきものです。わたしが「動的平衡」という概念にたどり着くまでにも、「あ、そうか!」と気づく瞬間がいくつもありました。だから、動的平衡について本を書くときも、その気づきのプロセスを逐一再現しようと心がけました。大切なのは、答えに行き着くまでのプロセスを明示することです。そのプロセスをたどることで、人は本当に「○○」について学んだことになると思います。逆に、プロセスが明示されていないと、後から○○を学びたい人は、思考の道筋がたどれず、途方に暮れてしまいます。

─単に答えを出せばよいのではなく、答えに至るまでのプロセスが大切なのですね。

福岡 「物知り」と「教養がある人」の違いは、まさにプロセスの有無にあるのだと考えます。単に答えを知っているだけでは、ウィキペディアのような「物知り」に終わってしまいます。知識が時間軸に沿って、その人の体験のなかにきちんと組織化されて初めて、知識は「教養」になります。子どもの「考える力」は、答えに至るプロセスを、順を追ってたどることによってこそ、身についていくのだと思います。

公園や書店に一緒に出掛けて
子どものすることを黙って見守ろう

─先生のお話を伺っていると、子ども時代に何を好きになるかが、その後の人生に大きく影響するように思えます。

福岡 まさにそのとおりですね。子ども時代は五感が敏感ですから、この世界が大人よりくっきり見えているはずです。また、好奇心も旺盛で、新しいことをスポンジのように何でも吸収できます。この時期に、何か好きなものに出合うことができれば、それがどんなものであれ、その人を生涯支えるものになると思います。

─たとえば先生のように、自然のなかから好きなものを見つけるには、どうすればよいのですか。

福岡 「大自然」と触れ合う必要などありません。近所の公園などの「小自然」にも、鳥や虫など生き物は必ず生息しているので、まずはそれらを観察してみましょう。

 観察のポイントは、自分の動きを完全に止めて、耳を澄ますこと。自分が止まらなければ、他者の動きは知覚できません。たとえば、池の中を覗き込むにしても、魚の背は黒いので、目を凝らすだけでは見えません。ときどき魚が身を翻す瞬間だけ、銀の腹がきらりと光り、そこにいるのがわかります。生き物を見るには、それなりの忍耐力が必要なのです。

 また、草木に止まっている昆虫は、目の奥行きのピントを合わせなければ見えません。逆に1匹でも見つけられれば、いろいろな虫が次々に見えるようになります。生き物を自分で見つけられれば、興味を抱く子もいるのではないでしょうか。

─では、読書が嫌いな子どもに、自主的に本を読ませるにはどうすればよいとお考えですか。

福岡 出版界は今、紙媒体から電子書籍への過渡期を迎えていますが、初めて本に親しむには、リアルな紙の本がお薦めです。まずは書店や図書館など、紙の本が集積している場所に親子で出掛けてみましょう。

 子どものころ、わたしは昆虫の本を探しに図書館に通いましたが、目当ての本の左右に並んでいる本のタイトルにふと興味を引かれ、手に取ることもしばしばでした。子どもが未知の本と出合うには、多種多彩なものが雑多に並んでいる場が必要です。お子さんを書店に連れて行って、20〜30分間ほど自由にさせていれば、何か興味の持てる本を見つけてくることでしょう。それがどんな本であっても、ぜひ買ってあげてください。子どもはその1冊を手がかりに、必ず次の1冊を見つけてくるはずです。

─公園に行くにせよ、書店に出掛けるにせよ、保護者は黙って子どもを見守ることが大切なのですね。本日はありがとうございました。

『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』
福岡 伸一 著
木楽舎 刊 1,524円(税別)

 生物を構成する分子は日々入れ替わっていて、わたしたちは「わたしたちが食べたもの」に過ぎない…。生命現象を、進化論とは異なる「動的平衡」というキーワードで平易に読み解いた、科学エッセイ集。理論をさらに深化させた『動的平衡2』、著名人との刺激的な対談集『動的平衡ダイアローグ』も刊行されています。

『生命と記憶のパラドクス
福岡ハカセ、66の小さな発見』

福岡 伸一 著
文藝春秋 刊 550円(税別)

 生命現象の謎に挑む著者が“記憶”とは一体何なのかに焦点を当てた一冊。自己を規定するものはDNAでも細胞でも指紋でもなく、実は「記憶」なのかも…。生物学者独自の科学的考察に、記憶という抒情的要素が二重らせんのようにからみ合った、知的好奇心を心地よく刺激する66編の科学エッセイ集です。

16.7月号 子育てインタビュー目次:
|2

ページトップ このページTopへ