「ご縁」というすてきなことばを
自然に使える生徒が育っている
中学部1年生学年主任 渡邊 弓大先生
-貴校は創立以来、仏教に基づく教育を実践しています。宗教教育をなぜ重視しているのでしょうか。
渡邊 「宗教」とは、時代が移り変わっても色あせない教えのこと。道徳は価値観の変化に応じて善と悪とが入れ替わることもありますが、宗教は変わらない点に意味があります。また、過去数千年にわたって多くの賢人たちが積み上げてきた「智」の集積でもあります。その変わらぬ教えを、授業を通じて若い人たちに伝えていくことには大きな意義があると考えています。
たとえば、本校では「智慧」と「慈悲」を教育理念の柱に据えていますが、智慧は「何にでも関心を持ち、より深く学ぼうとする心」を、慈悲は「友だちと共に喜び、悲しみを分かち合う心」を意味します。どちらも成長に欠かせない心の在り方です。特に、「慈悲」は「人と共感すること」につながる概念で、女子校だからこそ生まれやすい「共感する力」を育むことこそ本校の教員の使命であると自任しています。
渡邊先生による「仏教」の授業の様子
-以前、貴校を取材したとき、在校生が「ご縁」ということばを使っているのに驚きました。
渡邊 日常会話で「ご縁」ということばを使う中学生は本校の生徒くらいかもしれませんね(笑)。「ご縁」も本校で大切にしていることばの一つ。「出会い」について、キリスト教では「奇跡」と受け止めますが、仏教では「必然」ととらえます。「因縁生起」といって、わたしたちは皆、出会うべくして出会っており、その出会いには必ず意味がある。そうだとすれば、本校でせっかく出会った者同士なのだから、すぐに「自分と合わない」なんて思わないで、出会った意味をよく考えてごらん、と話しています。そんなところからも、慈悲の心、共感する心が育まれていくのです。「ご縁」ということばをごく自然に使えるのはすてきだと思います。
宗教を学ぶことは
「心の体幹」を鍛えること
-貴校では中1から高3まで、「仏教」の授業が週1コマずつありますね。
渡邊 授業内容は学年ごとに異なります。中1では「宗教って何?」という導入から入ります。「日本で宗教というと怪しく聞こえるかもしれないけど、実はみんなの身近にあるものだよ」と。クリスマスも初詣も夏祭りも、すべて宗教行事だと教えると、生徒たちはみんな納得しますね。
中3では仏教の考え方をもう少し深く教えます。「諸行無常」と聞くと、多くの人は街や建物の変遷を想像するようですが、重要なのは心の変化。試しに、生徒に「小3のころに欲しかったものを今も欲しいか」と聞くと、当時とても欲しかったものでも、今は全然欲しくないと答えます。そんなふうに自分の気持ちや考え方は日々変わっていくのに、今の気持ちに執着すると、誰かを傷つけてしまうこともある。そう現代風にアレンジして話すこともあります。
一方、高3生はすでに仏教の基本を学んでいるので、現代の諸問題を仏教の視点から見るとどうなるか、みんなで考えてもらっています。最近では人種差別の問題を取り上げました。
-とにかく考えさせるわけですね。
渡邊 はい。考えること、自分を見つめ直すことが授業の柱です。
以前、「EQ」という心の知能指数が話題になりました。対人関係の知性とも呼ばれ、感情を知性でコントロールすることが重要だ、と。宗教を学ぶことはこのEQを高めることでもあります。ふだんから感情を知性でとらえるよう訓練すれば、他人に優しくなれるし、つまらないことでいらいらしなくなる。そうすれば、自分の目標に集中でき、人間関係も好転すると説いています。宗教の学びとは、そうやって「心の体幹」を鍛えることでもあります。
仏教説話などを盛り込んだ「学年便り」。家庭での語らいの題材になることも
受験前に配られる「見真サブテキスト」。「見真(けんしん)」とは仏教用語で、智慧によって真理を見極めること。受験生はここに書かれていることを読み、心を落ち着けます
どんなことでも先生に相談
「心」を成長させる教育を
-仏教の授業に対する生徒の皆さんの反応はいかがですか。
渡邊 幸い、楽しく授業を受けてくれているようです。特にうれしいのは、高3生が熱心に耳を傾けてくれること。それだけ心が優しくなった子や、受験を不安に思う子が多いのでしょう。そこで受験期には、授業で取り上げた仏教のことばの現代語訳ダイジェスト版を作り、高3生と保護者の方に配布したこともあります。「仏教のこういう考え方に立てば、受験にも落ち着いて臨めるはず」との願いを込めてのことです。最も伝えたいのは、宗教は日常にこそ存在するということ。その教えは一生ものなのです。生涯変わらぬ教えを伝えられることが、仏教教育の良さだと感じています。
-保護者の皆さんは仏教の授業をどのように見ているのでしょうか。
渡邊 おおむね好意的です。保護者に親しみを持ってもらうため、毎月発行している「学年便り」に仏教説話などを盛り込む工夫をしています。また、電子版ではなく紙に印刷しているのは、たとえば家の冷蔵庫に貼られることで、家族の方全員に読んでほしいから。ある説話をめぐって家族で話し合ったご家庭もあるようです。ありがたいことです。
入学式・卒業式などの行事に加え、土曜日に仏教朝礼が行われる寿光殿(講堂)
-たとえ週1コマでも、仏教の授業の存在感は大きいのですね。
渡邊 宗教に関する知識は文系・理系を問わず、学問のバックボーンになるところがあります。宗教の学びでは歴史・地理・文化はもちろん、哲学・心理学の分野に触れます。また、将来医療系をめざす生徒にとっては「いのちとは何か」といった生命倫理などを考える機会ともなります。家庭や友人関係の悩みを相談しに来る生徒も珍しくありません。仏教教育を通じて、「ここには真剣に話を聞いてくれる大人がいる」と認識されているようで、普通は学校の先生に相談しないようなことまで打ち明けてくれますね。
-では、受験生たちへのメッセージをお願いします。
渡邊 わたしがよく保護者の方にお話しするのは、高校の卒業式がとにかく感動的だということ。毎年ほぼすべての生徒が号泣し、教員も泣かされます。生徒があれほど別れを惜しむのは、本校で過ごした6年間が本当に充実していたからでしょう。引っ込み思案なお子さん、いい子だけどわかってもらうまで時間のかかるお子さんは、ぜひ本校に来てください。6年間しっかり寄り添い、「心」を成長させます。