受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.34

デジタル時代に見直される“読書”
言語力の獲得が思考力向上につながる

 デジタル全盛の時代だからこそ、あらためて読書の価値が見直されています。子どもにはできるだけ多くの本を読んでほしいと願う一方で、「なかなか読書の習慣が身につかない」と悩むご家庭も多いのではないでしょうか。そうしたなか、柳沢先生は「図鑑や漫画でも構わないので、まずは自分で本を手に取ることが大切」と話します。高い思考力の土台を築くうえで重要な読書の役割と、子どもを本の世界へと導くための工夫について伺いました。

文責=柳沢 幸雄

これからのAI時代に求められるのは
素材を組み合わせて第三者に伝える力

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 人間の思考のプロセスは、料理にたとえることができます。料理を作るには、まず材料を集めなくてはなりません。この材料に当たるものが「知識」です。次に、集めた材料を組み合わせて調理をします。これが「思考」です。そして、料理が完成したら、盛り付けを行います。これが「表現」です。この三つのステップがそろって初めて、人は自分の料理(考え)を第三者に伝えることができるのです。

 しかし、これからの時代、最初のステップである材料集めは、AIが担うようになります。世界中の人々がこれまで築き上げてきた膨大な知識を瞬時に収集し、提示するAIの力は、すでに人間が太刀打ちできない領域に達しています。だからこそ、これからのわたしたちに求められるのは、今ある素材を組み合わせて新しいレシピを生み出し、まだ味わったことのない人にもそのおいしさを伝える力、つまり、AIが集めた大量の知識や情報をもとに新しい概念を生み出し、それを的確に発信する力だといえるでしょう。

 そのためには、複数の情報の因果関係や整合性を見極める高い論理力と、考えをわかりやすくアウトプットする表現力が欠かせません。そして、それらすべての土台となるのが言語力です。言語を自在に使いこなせることこそが、AIと上手に共存していくための条件だといっても過言ではないのです。

「抽象」を「具体」に変換するには
幼少期からの読書習慣が大切

 では、言語力を高めるために、わたしたちは何をすればよいのでしょうか。最も効率的な方法の一つが読書です。あらためて考えてみると、読書とは不思議な営みです。一つひとつの文字は、それ自体では意味を持たない記号でしかありません。しかし、それらが単語や文章として連なると、読む人に知識を与え、頭のなかに情景を思い描かせてくれるのです。

 ただし、文字という「抽象」から、映像やイメージといった「具体」を描けるようになるには、ある程度のトレーニングが必要です。幼少期から読書が推奨されるのはそのためで、頭の中で「抽象」と「具体」との間を自由に行き来できるようになれば、論理力も表現力も飛躍的に高まります。

 そうした観点から、最近わたしが懸念しているのが、子どもたちが日常的に視聴しているインターネット上の映像コンテンツです。短時間で大量の情報を得られる一方で、文字を介する余地がほとんどないため、「抽象」をじっくり咀嚼する機会が失われがちになります。子どもたちがこうした情報量の多いコンテンツに慣れてしまうと、読書は「情報を得るために手間と時間がかかる、とても退屈なもの」になってしまうでしょう。

 インターネットは情報収集において非常に便利なツールですが、その利便性が子どもたちを読書から遠ざける原因となり得る点は注意が必要です。偏りなく情報を得るためにも、「抽象」を自分なりに解釈できる力を養うためにも、「デジタル7割、アナログ3割」くらいのバランスで、触れるメディアを使い分けてほしいと思います。

読書に慣れるまでは漫画を読んでもいい
本から得られる喜びが向学心をもたらす

 もしかすると、保護者の皆さんのなかには、「きちんとした文学作品を読まなければ、読書とはいえない」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、まだ読書に慣れていない子どもにとって、いきなり文字ばかりの本を渡されても、なかなか興味が持てないのは当然です。「抽象」を「具体」に変換するのが難しい段階では、挿し絵の多い本でも、図鑑でも、極端にいえば漫画でも構いません。本を開いて、「もっと知りたい」「もっと読みたい」と感じる体験こそが、子どもを本好きにする近道だと思います。

 お子さんがまだ幼い場合は、絵本の読み聞かせがお勧めです。わたしも子どもがまだ小さかったころは、彼らを膝の上に乗せて、文字を指で追いながら、いろいろな作品を読み聞かせていました。ただ、小学生になると、そういうわけにもいきませんから、歴史や伝記、昆虫、鉄道、スポーツなど、子どもの趣味や興味に合った書籍を用意し、近くにさりげなく置いておくのです。そうすれば、子どもたちは自然にページをめくり、関心を持つようになるでしょう。

 さらに、子ども自身を書店に連れていき、「自分の意思で本を選ぶ」という経験をさせることも大切です。自分で選んだ本であれば、「読んでみよう」というモチベーションが高まり、最後まで読み切ったときには大きな達成感も得られます。こうした経験の積み重ねが読書の喜びをもたらし、さらなる向学心を育んでくれることでしょう。

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