仏像少年から恐竜学者へ
「時の風」を感じる好奇心の連なり
髙宮 小林先生は日本を代表する恐竜学者ですが、この道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか。
小林 高校生のときに初めて発掘に参加したことですね。実は、子どものころは恐竜にまったく興味がなかったんです。わたしは福井県で育ちましたが、恐竜博士になりたいと思っていたわけでもありませんでした。当時は、日本人で博士号を持つ恐竜研究者は一人もいない時代でした。医師になりたいなら医学部という道がありますが、恐竜の研究者になろうと思っても前例がなく、キャリアを築くのが困難な分野だと思われていたのです。
髙宮 今では日本でも学位が取れますが、わずか30~40年前まではそんな状況だったのですね。
小林 もともとは仏像が好きな少年だったんです。小学生のころからお寺に行って、数百年という時間の流れが形になった造形美を眺めるのが好きでした。その後、対象が数千万年、数億年という単位に変わりましたが、根底では「時の風」を感じるという同じ感覚でつながっています。その後、横浜国立大学に入学し、アメリカへ留学することになりましたが、実はこれも最初は旅行感覚の「手違い」のような始まりでした。
髙宮 留学生活は、最初から順調だったのでしょうか。
小林 英語がまったくできず、やる気もありませんでした。しかし、留学中に見た映画『デッド・ポエッツ・ソサエティ』の「カルペ・ディエム」(今を生きろ)ということばに衝撃を受け、そこから生活が大きく変わりました。授業をすべてテープに録音して丸暗記し、通常の1.5倍の単位をオールAで取得して、3年あまりで飛び級卒業しました。
髙宮 すさまじい集中力ですが、その原動力は何だったのですか。
小林 経済的な理由もありました。実家が裕福ではなかったので、奨学金を得るために必死でした。最初は「日本人は金持ちだ」と思われて審査に落ちたのですが、あきらめきれず、あえてボロボロの服を着て現状を訴えに行き、日本人で初めて授業料全額免除と補完奨学金を勝ち取りました。2万人いる学生のなかで、わずか3人という枠でした。成績が良くなると、クラスメイトから「教えてくれ」と頼まれるようになり、人に教えることで自然に英語も身についていきました。
最新技術と「一次情報」の融合
AIが解き明かす恐竜の真実
髙宮 近年、恐竜のイメージは劇的に変わりました。羽毛が生えていたり、色まで判明したりしていますね。
小林 1990年代以降、世界的に研究者が急増し、手法も多様化しました。最近では、化石に残された「メラノゾーム」という色素を蓄える小さな袋状の構造を調べることで、始祖鳥がカラスのような黒い色だったことや、オレンジ色のトサカを持つ恐竜がいたこともわかっています。また、わたしたちの研究室ではAIも積極的に活用しています。たとえば、骨の断面にある何十万という骨細胞を数える作業がAIによって効率化されました。「ゼロショット」という、AIに事前学習をさせずに未知の化石を見つけ出す手法も用いています。
髙宮 デジタル化が進む一方で、先生が大切にされているのは何でしょうか。
小林 やはり「一次情報」に触れることです。わたしは世界中の博物館を回り、誰よりも骨に触ってきました。手で形を覚え、触感で違いがわかるようになると、論文という「文字情報」にはない、人が読んでいない情報が見えてきます。また、アメリカの恩師からは「教科書の良さは、情報が古いことにある」と教わりました。過去の科学者がどう問題を提起し、どう解決したかというプロセスを学ぶには、教科書が最適なのです。
髙宮 情報の洪水のなかにいる現代の子どもたちにとって、非常に重要な視点ですね。
小林 今の学生はインターネットで簡単に情報を入手できますが、それは「ブラックボックス」から生み出された答えを見ているに過ぎません。わたしは自分の足でフィールドを歩き、自分で化石を見つけて研究してきました。こうした経験こそが、AIに使われるのではなく、AIを使いこなす人間を育てるのだと確信しています。
髙宮 AIが急速に進化する時代だからこそ、人間に求められる力も変わってきていますね。
小林 研究者になって痛感したのは、勉強と研究はまったく別物だということです。学校の勉強には基本的に答えがあります。しかし、研究には答えがありません。自分で問いを立て、その問いに対して仮説を考え検証していく。その繰り返しなのです。わたし自身、大学で良い成績を取っていても、研究者になった途端に壁にぶつかりました。何を調べればよいのかわからなかったのです。そこであらためて、自分で集めたデータや化石と向き合うことの大切さを学びました。研究者は、自分の考えに都合のよいデータを集めるのではなく、データそのものに語らせなければなりません。
髙宮 その姿勢は、子どもたちの学びにも通じそうです。
小林 これからの時代は、知識をたくさん覚えている人よりも、「なぜだろう」「本当だろうか」と問いを持てる人が強くなります。AIは答えを出してくれますが、何を問うかを決めるのは人間です。だからこそ、子どもたちには自分で考え、自分で確かめる経験を積んでほしいと思います。
「外れなし」の発掘精神
日本における恐竜研究の可能性
髙宮 北海道むかわ町で発見された「カムイサウルス(むかわ竜)」は、日本の恐竜研究をどう変えたのでしょうか。
小林 日本でこれだけ保存状態の良い巨大な化石が見つかったのは歴史的な大発見です。これまでの日本の化石は断片的なものが主流でしたが、カムイサウルスの発見は日本にまだ大きなポテンシャルがあることを証明しました。地層の条件がそろい、適切な予算とノウハウがあれば、他県からも必ず新発見があるはずです。
髙宮 カムイサウルスの発見は、日本の恐竜研究者にとっても大きな励みになったのではないでしょうか。
小林 そうですね。かつては「日本には良い化石はない」と考える研究者も少なくありませんでした。実際には、まだ十分に調査されていない地域がたくさんあります。カムイサウルスの発見は、日本にも世界レベルの研究につながる大きな可能性があることを証明した、歴史的かつ象徴的な出来事でした。
髙宮 先生は現在もアラスカやモンゴルなど世界各地で発掘を続けていらっしゃいます。
小林 わたしは地層を見るのが好きなんです。地層は、いわば数千万年前の地球が残した日記のようなものです。どの方向に川が流れていたのか、どんな植物が生えていたのか、どんな動物が暮らしていたのか。地層をていねいに読んでいくと、その時代の風景が少しずつ浮かび上がってきます。
髙宮 まるで探偵のようですね。
小林 よくそう言われます(笑)。ただ、わたしにとっては「本を読む」感覚に近いですね。化石だけを見ていてもわからないことがあります。しかし、その化石がどんな地層から出てきたのかを知ることで、生きていた環境や行動まで想像できるようになるのです。
髙宮 発掘作業には直感や信念が必要そうですね。
小林 よく「外れはないのですか」と聞かれますが、わたしは「外れはない」と思っています。10日間の調査で9日間見つからなくても、それは「見つかる確率が上がっている」と考えるからです。1日たつごとに確率は10分の1、9分の1と上がっている、そう考えると見つからないこと自体が次の成功へのモチベーションになるのです。
条件が厳しい場所ほど手つかずの地層が残っていることが多く、思いがけない発見につながる可能性があります。見つかる保証はありませんが、だからこそおもしろいのです。未知の世界を少しずつ切り開いていくことが、研究者としての大きな喜びですね。
髙宮 まさに、現場での一次情報が研究の核になっているのですね。
小林 恐竜学は総合科学ですから、主要科目だけでなく音楽や美術などの芸術科目まですべてが役立ちます。多様な視点を持つことで、化石という断片的な情報から、当時の生命の営みや環境を多角的に復元することができるのです。
「勉強するな」「大人の言うことを聞くな」
自分だけの幸福を見つけてほしい
髙宮 恐竜好きの子どもたちに、どのようなアドバイスをされていますか。
小林 わたしはあえて「勉強するな」「大人の言うことを聞くな」と伝えています。たとえば、英語が好きな子どもが、テストのたびにスペルミスで「×」をつけられているうちに、学ぶ意欲や好奇心を失ってしまうことがあります。教科書に載っている知識も、10年後には書き換わっているかもしれません。だから、そんな一時的な点数や評価だけで、自分の価値を決めつけないでほしいのです。学ぶことは本来、楽しいことですから。
髙宮 「大人の言うことを聞くな」ということばには、どのような思いが込められているのでしょうか。
小林 大人はしばしば子どもに「夢を持ちなさい」と言いますが、夢は無理に持つものではなく、自由に動いているうちに自然と生まれるものです。親ができなかったことを子どもに押しつけるのではなく、子どもが自分で一歩を踏み出す決断ができるように育てることが大人の責任だとわたしは考えています。
わたしの小学校時代の友人は、常に学年1位で東大に進みましたが、自分の本当にやりたいことが哲学であると見つけるまでに長い時間がかかりました。その一方で、わたしはあまり勉強しない子どもでしたが、恐竜と出会い、今は研究者として生きています。何が正解かはわかりません。ただ、富や名声ではなく、自分が本当にやりたいことに向き合えている状態こそが幸福なのだと思います。わたし自身、19歳のときに大学の図書館で恐竜の図鑑を開き、初めて自分の「純粋なときめき」を感じました。それまでの「親や周囲の期待に合わせた生き方」から抜け出し、自分の意思で進みたい道を見つけた瞬間でした。だから子どもたちには、「早く夢を見つけなければ」と焦る必要はないと伝えています。
髙宮 保護者の立場からすると、子どもの将来を思うあまり、口を出したくなってしまうこともあります。
小林 その気持ちはよくわかります。でも、親が考える幸せと、子ども自身が感じる幸せは必ずしも同じではありません。大人は自分の経験から「こうしたほうがいい」と助言しますが、それが子どもにとっての正解とは限らないのです。親に求められるのは、子どもが自分で選び、自分で決断できるよう見守ることだと思います。失敗しない人生を歩ませることよりも、自分の選択に責任を持ち、自分なりの幸福を見つけられる人間に育てることのほうが大切です。遠回りに見える経験も、自分で選んだのであれば必ず糧になります。
髙宮 現代の世の中ではどうしても偏差値や進学先などで評価されがちです。
小林 もちろん勉強は大切です。でも、それは幸せになるための手段の一つであって目的ではありません。どれだけ有名な大学に入ったかよりも、自分は何に心を動かされるのか、どんな人生を送りたいのかを考えることのほうが重要です。「好き」という感情には、人を学びへと向かわせ、困難を乗り越えさせる大きな力があると思います。
髙宮 恐竜は誰もが関心を持つ「平和なコンテンツ」です。子どもに人気があるのも納得ですね。
小林 想像を絶する大きさや多彩な形を持ちながら、かつて本当に実在したという「架空じゃないおもしろさ」があります。実は、恐竜の角や羽毛の進化は、現代の若者がおしゃれをするのと同じで、生き物としての生存戦略なのです。そう考えると、数千万年前の恐竜もわたしたちも、根底では同じ原理で生きていることがわかります。
髙宮 最近の研究では、ティラノサウルスの前足がなぜ小さいのかといった謎も解明されつつあるとか。
小林 はい、最新の論文では「過成熟」という現象が関係していると発表しました。これは人間にも見られる現象で、恐竜を研究することは、わたしたち人間そのものを理解することにもつながります。自分の心が動くものに出会い、その問いを追い続けることが、本当の学びにつながるのだと思います。
髙宮 恐竜学を通じて、人生のあり方や教育の本質を再確認できました。本日はありがとうございました。
令和8年度夏季企画展示
「北大の恐竜たち」
会 期7/3(金)~11/1(日)
開館時間10:00~17:00
休 館 日月曜日(祝日の場合は翌日休館)
入 館 料無料
北海道大学総合博物館は、歴史ある建物を活用し、膨大な学術標本を公開する研究の最前線です。夏季企画展示「北大の恐竜たち」では、全長8メートルの「完全版カムイサウルス」や日本初の命名恐竜ニッポノサウルス、新種のサッポロクジラなどが一堂に会します。知の継承と最新の研究成果を間近で体感できる貴重な機会です。
『恐竜とぼく 好きが未来になる瞬間』
小林 快次 著 創元社 刊
1,980円(税込)
小林快次教授が、仏像好きの少年から世界的研究者になるまでの軌跡を綴った一冊。留学中の挫折や世紀の大発見、幼馴染との対談を通じた幸福論まで、情熱が未来を切り開く姿を描く自伝的物語です。