工業デザイナーは
どんな仕事をしているの?
芝浦工業大学
デザイン工学部
デザイン工学科
プロダクトデザイン
コース
博士(工学)
橋田 規子 教授
身の回りにあるほとんどすべての物には、工業デザインが施されています。部屋の中を見渡すだけでも、家具はもちろん、壁やドアなどの一つひとつが工業製品です。世の中のあらゆる人工的な物体の形・色・素材を考える仕事だといえるでしょう。設計にも少し近い部分はありますが、設計が機能や製造のしやすさを考えるのに対して、使いやすさや見た目のデザインなどを、使う人の視点で考えるのが工業デザイナーの仕事です。
作られた製品は、全国あるいは世界のさまざまな場所で販売されます。使う場所が固定されず、大量生産できるのが特徴です。多品種少量生産の製品もありますが、ただ一つではなく複数生産される物をデザインするのが、工業デザイナーなのです。
使う人に受け入れられる物をたくさん作ると、安く生産できるようになり、多くの人に喜ばれます。良い物を世の中の多くの人に届けて、幸せになってもらえることが、この仕事の魅力だと思います。
工業デザイナーになるには?
美術大学や芸術大学のデザイン専攻、または製品プロダクトデザインの専攻がある工業大学などに入学して、専門的に学ぶことから始まります。その後、自社で製品を企画・開発・製造・販売まで行う企業(メーカー)のデザイン部門などに就職するのが一般的な進路です。デザインの仕事が好きな人であれば、基本的にはがんばれば誰でもなれる職業だと思います。
わたしは、できるだけメーカーに就職することを学生に勧めています。なぜなら、メーカーで働くと、工業製品が作られる全体の流れを知ることができて、それがデザインの仕事を続けるうえで生きてくるからです。メーカーで工業デザインの経験を積むと、将来、独立してフリーランスで働くことになってもそれまでの経歴が評価されやすく、他社への転職もしやすくなる可能性があります。
なかには大学卒業後に、工業デザインを手掛けるデザイン事務所で働く人もいます。また、大学院で学ぶことは必要な条件ではなく、大学卒でも採用される可能性は十分にあります。
工業デザイナーに
求められる資質は?
自分の身の回りにある製品に対して、「これはなんで使いにくいのだろう?」などと疑問を持ち、気づくことができる感性が大切です。図工などで何かを実際に作ったときにも、「こうするともっと使いやすいのでは?」と、試行錯誤を楽しめる人が向いています。一つひとつの製品がその形になっているのには理由があります。「なんでこんな形になっているのだろう?」と疑問を持つようになると、デザインのおもしろさがわかってくるかもしれません。
たとえば、美術館に行く機会があれば、絵だけではなく、そばに置いてある椅子や照明も見てみてください。壁の素材や展示されている台なども観察してみると、物に対する見方に広がりが生まれます。
また、夏休みの宿題では、ぜひ立体的な物を作ることをお勧めします。実際に使う物、手に持てる物を作ることに挑戦してください。わたし自身も中1のころに、エンジニアの父に影響を受けて、回転の動きを上下運動に変換する水車小屋のような物を作ったことがありました。そのとき、実際に動いていく仕組みを目の前で見て、「立体物はとてもおもしろい」と感動した経験があります。
細かいところまで観察しなくてはならない仕事なので、じっくり物事を詰めて考えられるタイプの人が向いています。実際の仕事のうえでは、何度もやり直しをしなくてはならないこともあるので、忍耐強さも大切になってきます。
また、工業デザイナーには思いやりも必要です。使う人に向けて、どうしたら使いやすくなるか、愛着を持ってもらえるかを考えるのはもちろんですが、作る人に向けても、資源の無駄遣いをせず、作りやすい方法で生産できるかを考えなければならないからです。試行錯誤の末に、多くの人が手に取ってくれる製品を生み出すことが、大きなやりがいにつながるのです。
芝浦工業大学 プロダクトデザインコースでの学び
橋田先生の研究室では、テーマを掲げて、学生一人ひとりが作品を生み出す実践的な指導が行われています。たとえば、卒業研究でロボットをデザインする場合、「このロボットはどんな人のために、どういうシーンで使うものなのか」という問いから始まり、物に与えられた使命を確認します。さらに、どういったデザインであれば世の中に受け入れられ、受け取り手が喜んでくれるかを考えていきます。ターゲットを設定するための調査や分析を行い、デザインコンセプトを表現した資料を作成することも重要になります。最終的に各学生が作品を完成させるまで、ていねいな指導が行われます。
橋田先生がデザインした、日本感性工学会「かわいい感性デザイン賞」を受賞した座椅子「ENOTS フロアチェア」
これまで学生たちが手掛けてきた作品の数々。企業と連携しながら、新たな試みに挑戦している作品も多くあります
クリナップ株式会社
開発本部
開発企画部
デザイン課 主任
榎本 裕理さん
「工業デザイナー」
ってどんな仕事を
するんですか?
前半では、工業デザイナーの仕事の内容や、なるための方法などを紹介しました。ここでは、クリナップ株式会社で工業デザイナーとして活躍している榎本裕理さんに登場していただきます。どのようなきっかけで工業デザイナーをめざし、現在はどんな仕事をしているのでしょうか。これまでの道のりや仕事の内容を伺いました。
物や道具に興味を持ち
観察する姿勢が今につながる
榎本裕理さんは小さいころから人一倍、物や道具に興味がありました。「生活用品や家具を観察するのが好きでした。小学生のときには、壁掛け時計を分解したことがあり、元に戻せなくなって、親に怒られましたね」と笑います。
夏休みの宿題では、山での観察日記を毎年のように提出。葉っぱが何枚ついているかなど、自然の中の物もじっくり観察していました。「そのように細かいところまで観察する姿勢が、今の仕事につながっている気がします」と振り返ります。
もともと読書が何よりも好きで、自分のことを文系タイプだと思っていたそうですが、勉強をしていくうちに、意外にも数学や理科が好きなことに気づきました。そこで、高校で文系・理系のコースを決めるときには理系を選択しました。
「民衆のためのデザイン」をめざし
大学で実践的な学びを経験
榎本さんは、美術やデザインが好きなご両親に連れられて、美術展や展覧会に足を運ぶ機会がたびたびありました。そのなかで大きな影響を受けたのが、20世紀に活躍したフィンランドの建築家であり、プロダクトデザインも手掛けたアルヴァ・アアルトです。
「限られた上流階級のためではなく、一般の人々が豊かに暮らせる空間や道具を創造するという信念で、『民衆のためのデザイン』をしたデザイナーです。民衆が手に入れられる生活の道具をおしゃれなデザインで作り、暮らしを豊かにしてくれることがとても格好いいと思ったので、自分もそのような仕事を意識するようになりました」と話します。
大学進学の際にも、実践的に工業デザインを学べる学部・学科やコースがあることを最優先事項として、志望校を選びました。入学した芝浦工業大学で学んだことは、実際に仕事をするようになってからも役立つ内容が多かったそうです。「1か月半ほどの演習では、一つのテーマで製品の企画立案、模型製作、プレゼンテーションという、メーカーで仕事をするような流れを経験します。橋田先生をはじめとする、実際に工業デザイナーとして活躍されている先生の指導を受けて、デザインをほめていただけたことが印象に残っています」
製品を構想する初期段階では、カラーペンなどを使ってデザイン案を描きます。何度も手を入れ、試行錯誤しながら案を練っていきます。仕事道具のなかで最も使用する頻度が高いのが、15cmの定規です。試作品が出来上がった際に、それぞれのパーツにわずかなずれなどがないかを確認するために使います。実際に製品を使うときに困ることがないよう、細部までチェックしているのです。
製品が使われるシーンを意識して
システムキッチンを開発
大学卒業後は、水回りの設備のメーカーであるクリナップに入社しました。開発技術職として採用された榎本さんは、システムキッチンの開発チームに配属され、製品開発に携わります。
主な仕事は、今の生活空間や数年後の未来を想像して「どんな製品が必要か」を考える「企画」と、それをどのような機能や見た目にするかという「仕様」を細かく決めていくことです。一方で、ほかの担当部門の人と一緒に、考えた製品を工場でたくさん作ること(量産)ができるか確認したり、実際に家の中に取り付けができるかを検証したりすることも、大切な仕事だと言います。
仕事をするうえで心がけているのは、「その製品がどういうシーンで使われるかを常に意識すること」。「人が使うもの」「生活のなかにあるもの」という視点で考えてみると、求められる見た目や必要な機能が見えてくるのだそうです。「工業製品は、デザイナーだけでなく、細かい図面を描いてくれる設計者、実際に現場で製品を作ってくれる工場の人、売ってくれる営業の人など、さまざまな立場の人が協力し合ってお客さまのもとに届きます。自分が良いアイデアを思いついたときはもちろん、それぞれの工程でものづくりのおもしろさを感じています」と、熱く語ります。
小学生の皆さんには、次のようなメッセージを送ってくれました。「工業デザイナーの仕事のほとんどは、『考え続けること』『作って試すこと』です。いろいろなことに興味がある人、自分で考えられる人が向いていると思います。最近はAIが発達してきて、小学生でも利用していると思いますが、『表現』や『思考』する立場をAIに譲るのはもったいないことです。たとえすぐに答えが出なくても考え続けてみて、数年後にふと答えが出たりする瞬間は、とてもおもしろいですよ」
榎本さんがデザインした製品。左の写真の下のほうに写っている包丁ケースは、黒のスタイリッシュなフォルム。ケースごと外して取り出すことができ、メンテナンスがしやすいのも特徴です。右の写真はキッチンとセットで使用する周辺収納。上部の棚にも手が届きやすく、スライドして引き出せる台、マグネットが付けられるとびらなど、数々の工夫が施されています。