受験ライフをサポートする進学情報誌 さぴあ

挑戦するキミへ

2026年8月号から転載

柳沢先生のメッセージコラム

日本と世界の常識の違いを知り、
グローバル社会で活躍できる人に

社会の国際化が進み、国を超えた人材の行き来が盛んになっています。生まれ育った環境が違えば、それぞれの持つ常識も違うもの。同じ日本に暮らす者同士でもそうなのですから、言語や宗教が違えば当然その乖離(かいり)は大きくなります。「多文化共生とは、自分にとっての“当たり前”が相手の“当たり前”ではないと知るところから始まる」と柳沢先生は話します。これからの国際社会を生き抜くために、理解しておくべき日本と世界の価値観の違いや、求められる姿勢についてお聞きしました。

文責=柳沢 幸雄

意見をはっきり伝えるアメリカと
空気を読むことが求められる日本

多文化共生を実現するためにまず必要なのは、自国と世界の違いを知ることです。世界といっても、さまざまな国や文化をひとくくりにして比較するのは難しいですから、今回はわたしが約20年にわたって暮らしたアメリカを例に挙げて話してみたいと思います。

日本とアメリカの間にある最も大きな違いは、鎖国など他の民族との接触が非常に少ないまま長い歴史を歩んできた日本は、「文化的背景を共有しているのだから、多くを語らなくても相手とわかり合える」という前提に立っているのに対し、移民大国であるアメリカは、「文化的背景の異なる者どうしがわかり合うことは難しい」と考えている点です。それは、教育観にも如実に反映されており、日本では幼いころから「コミュニティーの和を乱さない」「空気を読む」ことが求められますが、アメリカでは、「自分の意見を積極的に発言する」「能動的に行動する」ことが重視されます。

つまり、われわれは国際的なフィールドにおいては、自分の考えを相手に理解してほしいのならば、黙って察してもらうのを待つだけではだめで、「わざわざ説明しなくても」と思うような些細(ささい)な事柄であっても、一つひとつ言語化して伝えていかなければならないということです。このように、自分の“当たり前”が、相手の“当たり前”ではないことを理解して振る舞うことが、多文化共生に近づくための第一歩といってよいでしょう。

雄弁は「銀」ではなく、むしろ「金」
論点を整理するためにも積極的な発言を

わたしが、アメリカと日本の二つの国で大学教授を務めて最も驚いたのは、ハーバード大学の学生は、会話の切れ目さえあればすぐに発話したがるのに対し、東京大学の学生は、物静かで誰も発言したがらないことです。それは、ハーバードの学生たちには、「何かことばを発しなければ自分の考えを理解してもらえない」「自分の存在を相手に認識してもらえない」という考えが染みついているから。対して日本の学生は、自分が仲間と違う行動を取ることを極端に恐れているので、「間違ったことを言ってしまったら恥ずかしい」という不安から、自然と口を閉ざしてしまうのです。

日本では昔から、「雄弁は銀、沈黙は金」という格言が好まれます。しかし、わたしは「沈黙は銀、雄弁は金」だと思っています。話す内容を考えているとき、その人の脳は論理を組み立てるためにフル回転しています。沈黙を選ぶのは、その脳のはたらきを放棄するのと同じことです。“雄弁”であることは、自分の意見を外に発信するだけでなく、頭の中で論点を整理するのにも役立っているのです。

最近では、日本の学校でもディスカッションやプレゼンテーションなどを取り入れるところが増えてきました。以前に比べると、授業中の生徒の発話量が増え、クラスがにぎやかになってきたと感じます。また、短期間でもいいので、できるだけ早い時期に海外生活を経験してみるのもお勧めです。文化的背景の異なる同年代の若者が、何を考えて行動しているのかを知ることは、その後の学習への取り組み方やコミュニケーションの改善に大きく役立つと考えています。

「わかり合える」と思うから衝突する
「わかり合えない」という前提で許容を

柳沢 幸雄

かつて聖徳太子は、『十七条憲法』のなかで「和を以(も)って貴しと為(な)す」ということばを残しました。これは今さら解説するまでもなく「何事も相手の意向を忖度して、仲良くすることが大事だ」と解釈され、日本ではそれが美徳とされてきました。確かに、日本の治安が高い水準で保たれているのも、道端にごみが落ちていないのも、この「和」によって統制された同調圧力が強くはたらいているからといってよいでしょう。しかし、この「和」の概念にとらわれ過ぎてしまうと、人は他人の評価でしか動けなくなってしまいます。大切なのは、「周りから見てどうか」ではなく「自分はどうしたいか」ではないでしょうか。

ちなみに、「和を以って貴しと為す」には続きがあります。「忤(さから)うことなきを宗(むね)とす」。つまり、無駄な争いは避けましょうということです。心のどこかで「わかり合える」と期待しているから人間関係はうまくいかないのです。しかし、初めから「わかり合えない」と割り切っていれば、多少の価値観の違いは許容しながら生きていくことができます。

いずれにしても大切なのは、自分と他者の価値観は違っていて当たり前だという認識を持つことです。そのうえでお互いに譲歩できる点を探っていくことが、真のグローバル人材としての望ましい姿勢だとわたしは思います。