西武文理大学で英語教育を担当
独自の授業が認められ校長に
広野 西武学園文理中学・高等学校(以下、西武学園文理)の教育といえば、難関大学をめざしてしっかり学ばせるというイメージがありました。マルケス先生が校長に就任されてからは学校改革が進み、校内の雰囲気も大きく変わったように思います。先生ご自身も一般的なスーツではなく、サッカーのユニフォーム姿ですね。
マルケス 背面には名前の「マルケス」と背番号の「10」があしらわれています。わたしがこういう格好をしているのは、単にブラジル人だからとか、海外の価値観をアピールしたいからというわけではありません。これは、本校の教育が徹底した「生徒主体型」であることの象徴です。本校では、学校の運営自体を生徒と一緒に考え、決めていきます。制服や校則をはじめ、学校の公式ホームページや行事も、すべて生徒が中心になって決めています。わたしがこの格好でいるのも、生徒主体の学校へと改革を進めるチームの「背番号10番」であるという心意気の表れなのです。
広野 高度経済成長期のころから、日本では決められたことを正確に実行する、いわば社会で精密に動く「歯車」を育てることが求められてきました。しかし、前例に従うだけの歯車では、時代の変化には勝てません。そうしたなかで貴校は、時代の変化に対応できる、新しい教育を追求されているわけですが、旗振り役の先生ご自身の歩みも、非常にユニークですね。
マルケス わたしはブラジルの貧しい家庭で育ちました。幼いころから日系人の友人を通じて日本語と日本文化に親しみを感じていたので、サンパウロ大学に進み、日本語教育を専攻しました。卒業後に来日し、早稲田大学大学院の博士課程で日本語教育を研究する傍ら、西武文理大学で教鞭を執ることになったのが、この学園との縁の始まりです。
大学では当初、指定された教材で型通りに英語の授業を実施していました。ただ、それでは英語嫌いの学生はついてきません。そこで、架空の会社を立ち上げて「英語版の会社案内の動画」を作成したり、試験を「英語で説明しながら作るサンドイッチ大会」の形式にしたりするなど、楽しく学べるように工夫を凝らしました。すると徐々に、留学する学生や英語で仕事をする教え子が出てきたのです。
こうした成果を見た理事長から、「あなたの教育を中学・高校で実践してみませんか」と声を掛けられました。当時は、時代の流れのなかで西武学園文理も変わらざるを得ない状況だったので、「大胆な改革をしてもかまわない」とのことです。そこで、それまで志していた研究者ではなく、教育者の道を歩むことにしたのです。
AI時代に重視されるのは
「課題発見力」と「本物体験」
広野 学校改革を進めるうえで、重要なテーマとなるのがAIの活用です。AIは、教育にどのような影響を及ぼすとお考えですか。
マルケス 今のAIは、問いを投げ掛ければ、答えたり文章を作ったりしますよね。こうした機能が教育の世界で物議をかもしていますが、IT業界ではさらに次の「学習用AI」の開発が進んでいると聞きます。このAIは、おねだりしても答えを教えてくれません。答えではなくやり方を教えたり、生徒が出した答えの弱点を分析して対策をアドバイスしたりします。使い込むほどに個別最適化が進み、やがては生徒一人ひとりに伴走する「パーソナルな先生」になってくれます。
こうなると、知識を詰め込んで点数を競う偏差値重視の教育は意味を失います。従来型の単に知識を教えるだけの学校や塾は終わりを迎えるでしょう。知識習得以外の価値、つまり経験やコミュニティーの提供が教育現場には求められるようになるのです。
広野 機械がタスクを完璧に処理してくれる時代に、人間に求められる力、教育によって伸ばすべき力とは何でしょうか。
マルケス その一つは、「問いを立てる力」「課題発見力」です。問題の解決はAIができるようになりますが、何が問題なのかを見つけることは人間にしかできません。学校は、問いを立てる力を伸ばす場になることが求められます。さらに、本物体験を通じて非認知能力を伸ばすことにも力を入れる必要があるでしょう。今の子どもたちはデジタルネイティブといわれ、デジタル世界のなかで人間関係を構築し、コミュニティーを形成して育ってきています。大人は、そうした彼らの価値観を尊重しなくてはコミュニケーションが取れません。しかし一方で、人と人との接し方や感情のコントロール法、失敗しても立ち向かう力といった非認知能力は、リアルな世界で本物体験をしないと育ちにくいのも事実です。
これまでは、入試や就職の際の試験で「何を、どれだけ知っているか」が問われましたが、AIが進化するこれからの時代は、「どんな経験をし、何を考えたか」が重視されます。大学も学部選択のミスマッチを減らすために、面接で経験や志望理由を見極め、「本当に学びたい人」を選ぶようになります。総合型選抜の拡大は世界の流れであり、今後日本でも加速すると考えています。
「学びの場なのだから
失敗してもいいじゃないか」
広野 生徒がさまざまな経験を積むことが大切とのお話ですが、どのような取り組みをなさっているのですか。
マルケス 制服のリニューアルをはじめ、学校パンフレットや公式サイトの作成、市民を招く祭りなど、生徒みずからが本物の体験をできる機会をたくさん設けています。責任を持たせられると、子どもは燃えます。「成績のためにやろう」と言っても乗らない子はいますが、「任せたから」と声を掛けると、全員が動き出します。
一つの例が、地元の狭山市と協働で実施したハロウィン祭りで、昨年は約4000人の市民に来場していただきました。市への予算案提出から屋台の手配や駐車場の確保、セキュリティー対策、ゴミの処理まで、生徒がすべてを企画しました。目玉は、中高校舎をつないだ巨大なお化け屋敷です。歩くと全部で40分もかかる大がかりなもので、クラスごとにエリアを担当し、大人気となりました。
このとき、初日に2時間の待ち行列ができてしまったのですが、生徒たちは自発的に会議を開き、翌日には有名テーマパークにならって「ファストパス制度」を導入して、待ち時間を大幅に短縮しました。これは大人が指示したことではありません。本物の現場で起きた想定外の問題に対して、自分たちで解決策を見つけ出したのです。AI時代ではロボットが何でもやってくれますから、人間はAIやロボットの「上司」にならなくてはなりません。それに必要な力は、何が起こるかわからない社会での実体験があってこそ育つものなのです。
広野 生徒みずからに「本物体験」をさせることについて、大人から心配する声は上がらなかったのですか。
マルケス 生徒たちが学校の公式ウェブサイトを作ると決めたとき、「フリーズしたらどうする」「保護者に失礼だ」と反対する声もありました。しかし、わたしは「学びの場なのだから、失敗してもいいじゃないか」と押し切りました。結果はどうだったでしょうか。生徒の視点に立った、キラキラしたすばらしいサイトが出来上がりました。生徒主催の学校説明会も好評で、受験者数と入学者数が大幅に増えています。
最近では、高校生たちが「教員の腕を磨く研修センターを自分たちで立ち上げたい」と提案してきました。助成金制度を利用すれば、学校の持ち出しは2割で済むことまで調べているのです。この提案は理事会で承認されました。信じて任せれば、子どもは大人の想像をはるかに超える結果を出すという好例でしょう。
広野 保護者の方は「失敗させたくない」という親心がありますから、子どもたちに任せることにためらいがあるのでしょうね。
マルケス わが子に「こうあってほしい」と願う気持ちはわかりますが、子どもに任せてほしいと思います。本校は現在、私服での登校が可能で、生徒は思い思いの服装を楽しんでいます。突飛な格好をしている生徒もいないわけではありませんが、大人が口を出さなくても、生徒同士で注意し合っています。
日本の評価制度は失敗を許しませんが、それではイノベーションは起きません。大人は子どものすることを黙って見守る度量を持ちたいものです。
生徒が主体となってチームを構成し、アイデアをかたちにする「ガチ・プロジェクト」。一人ひとりが自分の興味や好奇心を追究し、みずから学び、考え、課題を解決する力を養います/(上)「文理広報(説明会・SNS・パンフレット&WEB)」(下)「アントレプレナー(起業)」(左)「文理広報(説明会・SNS・パンフレット&WEB)」(右)「アントレプレナー(起業)」
「バイリンガルクラス」を新設
世界を知るツールとして英語を学ぶ
広野 失敗が許される環境なら、楽しくいろいろなことに取り組めそうです。
マルケス わたしたちがめざしているのは、江戸時代の「寺子屋」のようなコミュニティーです。知識偏重型の教育は、ともすれば「遊ぶな、真面目にしろ」と楽しみを抑制しがちですが、これから求められるものは、逆の発想です。学校が「楽しむ力」を育てなければなりません。楽しんでいるときの脳は、プレッシャーを感じているときの何倍も輝き、機能するという神経科学のデータもあります。これからの教員は、教室の枠を超えた生徒の体験をサポートし、失敗したときはどう乗り越えるかを共同で考える、という存在になっていくでしょう。
広野 改革が進む西武学園文理では、2026年4月から、中学に「バイリンガルクラス」が新設されましたね。
マルケス バイリンガルクラスでは、外国人教員と日本人教員のチームティーチングで数学、理科、アートなどの主要教科を日本語と英語の両方で学びます。
従来のインターナショナルスクールは、国語力が伸びにくい、日本のためにがんばろうという気持ちが育ちにくいといった問題があると感じています。ですから、わたしたちは日本語も大切にしながら、日本のために国際的に勝負できる人を育てたいと考えています。長期的に見るとアメリカの地位は下がっていくと予測されますが、英語を学ぶことは引き続き重視していきます。なぜなら、AIのプログラムも世界中の科学的な知見も、その根本が英語で成り立っているからです。アメリカの立場とは関係なく、英語は科学とテクノロジーの共通言語であり続けます。バイリンガルクラスでは、英語を「言語」としてではなく、「世界を生きる」ためのツールとして学びます。
広野 最後に、中学受験を考えている親子にメッセージをお願いします。
マルケス 西武学園文理は、どんな生徒にもそれぞれの「居場所」がある学校です。勉強が好きな子も、スポーツやアート、デジタルが好きな子も、ありのままの自分でいられる場所です。わたしたちがいちばん重視しているのは、生徒の「笑顔」です。どの学校よりも楽しい学校であるという自信があります。デジタルでは得られない、仲間との共同作業や成功体験を、ぜひこの場所で味わってください。みんなで一緒に明るい未来を育てていきましょう。
広野 確かに、校内ですれちがう生徒さんたちの明るい笑顔が印象的でした。着々と学校改革を進める貴校の今後に期待しています。本日はありがとうございました。
クマは西武学園文理のマスコット・キャラクター。構内のいたるところに銅像や置物があり、来校者を迎えてくれます