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子育てインタビュー

2026年7月号から転載

子育てインタビュー
フェリス女学院中学校・高等学校 野手 梨沙 さん

野手 梨沙さんNote Risa

東京藝術大学 美術学部絵画科油画専攻卒業、同大学大学院 美術研究科絵画専攻油画第七研究室修了。在学中にオーストリアのウィーン美術アカデミーに留学。現地の美術館で幼い子どもたちが作品を囲んで自由に語り合う光景に感動し、帰国後に美術科教員の道へ。フェリス女学院中学校・高等学校に着任後は「表現と鑑賞を通して自分を知る」ことを軸に据えたカリキュラムを実践している。

フェリス女学院の美術科教育について聞く 「つくる・観る・考える」を通して
自分で決め、やり遂げる力を育む

日本で最も長い歴史をもつ女子校の一つで、神奈川県有数の進学校として知られるフェリス女学院中学校・高等学校では、描いたり、つくったりするだけではなく、観て、考えることを大切にした美術科教育を行っています。何をめざして、どのような授業が展開されているのでしょうか。教育の目的やカリキュラムの内容、生徒たちの様子などについて、美術科担当の野手梨沙先生にお話を伺いました。

サピックス 教育事業本部 本部長 広野 雅明

広野 雅明
サピックス教育事業本部
本部長

一人ひとりがそれぞれの発想を
自由に膨らませる時間に

広野 美術の授業といえば、一般的には「リンゴを描きましょう」「自画像を描きましょう」などと同じ題材を与えられ、みんなが同じ画材で一斉に描くという光景をイメージします。フェリス女学院では、どのような授業を行っているのでしょうか。

野手 小学校を卒業したばかりの中学1年生には、まずは自由に今の自分を見つめ直してもらいます。そのために、「こうしなさい」というような指導はせずに、「失敗してもいいから、とりあえず手を動かしてみましょう」と声を掛けます。そして最初の課題として、みんなの前にリンゴを置き、紙粘土を配ります。

といっても、リンゴそのものをつくるのではありません。そこから発想を自由に膨らませます。本物のリンゴを1個、みんなで長い時間をかけてじっくりと観察し、「もし、これがリンゴでなかったら何だろう」という問いを出発点に、紙粘土で自分だけの世界をつくるのです。リンゴというスタート地点は全員が同じなのに、ゴールは生徒それぞれでまったく違うものになります。同じ対象を入り口として、生徒に自由に描かせたり、つくらせたりする授業を多く設けている点が、本校の美術科教育の大きな特徴といえます。

広野 提示物に似せようとすると、「上手につくる」ことに注力しがちですが、そうではなく、想像の翼を広げて自分の世界を創造していくわけですね。

野手 中学1年の段階では、小学校で受けた授業の記憶が残っているので、こうした課題設定に戸惑う子もいます。でも、「フェリスは自分の考えを作品で主張したり、ことばで表現したりすることを大切にしている学校なのだ」とわかってくると、伸び伸びと課題に取り組み、つくり上げた作品を通して自分を主張したり、生徒同士で互いに認め合ったりするようになります。

手を動かし試行錯誤しながら
みんなで解決策を見つける

広野 中2になると、どのような課題が待っているのでしょうか。

野手 中2で取り組むのが「紙立体」です。ケント紙という真っ白で表面がなめらかな厚紙を2枚ずつ渡して、「何でもいいので、好きなものを立体にしてください」という課題を出します。

広野 自然界には曲線を描くものが多いのですが、紙で丸みのある形をつくろうとすると、かなりの工夫が必要になりますね。

野手 おっしゃるとおりで、生徒たちはすごく苦労します。こちらからは、「こうすれば、きれいな立体になる」といった技術的なコツを教えたりはせずに、「ぐちゃぐちゃになってもいいから、とにかく自分で考えてごらん」と言います。そうすると、生徒たちはコピー用紙をたくさん使って実験を始めます。試行錯誤を重ねるうちに、やがて紙の性質を自分で理解し始めます。折るだけでなく、曲げる、ぬらす、もんでしわくちゃにして布みたいな柔らかさにするなど、本当にさまざまな解決方法を見つけていきます。

本校の生徒のすばらしいところは、「できそうにないから、やめておこう」とあきらめたりせず、「どうしても完成させたい」とがんばり続ける子がとても多いことです。仕上がりが多少粗くても、「わたしは、これをこうつくりたかったんだ」という意図と熱意が伝わる作品が生まれてきます。

このほか、スケッチブックとペンだけを持って一人で校内を散策する「校内スケッチ」という課題もあります。人間関係で悩む多感な年齢になっていますから、静かに自分の内面と向き合えるよう、あえて「一人で行動する」というルールを設けています。

広野 中3ではどのような取り組みがありますか。

野手 二つの大きな課題があります。一つは「ことばのデザイン」です。自分の好きなことばを選んで、それを自分のイメージする形に仕上げます。文章でも単語でも、平仮名ひと文字でもいいのです。素材も自由で、画用紙1枚は配りますが、使っても使わなくてもかまいません。ただし、「文字は必ず自分の手でレタリングする」というのが外せない条件です。

生徒たちが選んだことばは、その年の流行が反映されていたり、好きな曲の歌詞から抜き出されていたりして、同じようなものが並ぶ場合があります。ただ、同じことばを選んでいても、それぞれの生徒が抱くイメージが違うので、作品としては本当に多種多様なものができあがります。

広野 もう一つの課題は何でしょうか。

野手 木彫です。カツラの木をノコギリと彫刻刀で削って、「手触りのいい木彫」を作ります。8×4×4センチという決まったサイズの木から、自由に形を彫り出してもらいます。中3になると、確固たる自分の世界観を持ち始めますから、個性的ですばらしい作品が生まれてきます。

本校の美術科では、タブレットのような電子機器は使わず、自分の手で描き、素材の感触を感じながら制作することを大切にしています。

表現と鑑賞を両輪にして
深く考える力を養う

フェリス女学院中学校・高等学校のキャンパス

広野 表現するだけでなく、鑑賞にも力を入れていると伺いました。

野手 本校の美術科の授業は、中学段階では技術習得よりも、表現と鑑賞を通して「自分自身」や「自分が向き合っている世界」について深く考えることを目標にしています。授業では鑑賞の機会として、古典から現代アートまで、さまざまな作品をプロジェクターで映し、それを見ながらグループで話し合う時間を多く設けています。

生徒たちは最初、「美術鑑賞なんてつまらない」「見てもわからない」と不満そうにしています。でも、感性が乏しいから、知識がないから、そう感じるのではありません。知らない言語の映画を字幕なしで見ているようなものなのです。その絵が描かれた時代背景や表現形式を知っていれば、ぐっとわかりやすくなります。ですから、作品を鑑賞しながら「これは、この時代のこんな芸術家がつくった作品だよ。当時はこのように評価されていたけれど、みんなはどう思う?」などと解説を入れて問い掛け、意見を述べてもらうというスタイルで授業を進めています。

鑑賞の授業は他教科ともなるべく連携するようにしています。たとえば、世界史でローマ時代について学んでいる時期にローマ美術の作品を見るなど、他教科とのつながりを意識してテーマを選んでいます。また、本校はキリスト教の学校ですから、その教えに関連した絵画も鑑賞します。新約聖書にある、マリアが神の子を身ごもったことを天使が告げる「受胎告知」を描いた作品などに触れながら、芸術と信仰の結びつきを考える時間も設けています。

広野 美術館に出掛けることもあるのでしょうか。

野手 中1の5月に、特別学習として上野の美術館と博物館を一日かけて訪問します。その日は、一般では聞けないような学芸員のレクチャーを予約していて、講堂で説明を受けてから作品を見てもらいます。見終わった後は生徒たちの目の色が変わっていて、「こういう背景があったんだ」「正面からだけではなく、側面からも見るといいんだ」といったことに気づいてくれます。素材がどんなもので描かれているか、表面はざらざらしているかどうかなど、物質的な部分にも意識を向けてもらいます。感性が柔軟な子どもたちにとって、本物を鑑賞する体験は大きな意義があると思います。

広野 高校になると、美術の学びはどのように深まるのでしょうか。

野手 高2の選択美術では、石膏デッサン、静物水彩画、油絵に本格的に取り組みます。美大を志望する生徒にも対応できる内容となっています。

また、それとは別に、高3になると「芸術特講美術」という授業もあります。日本美術や西洋美術を時代別に学ぶ講義で、試験はありませんが、毎時間レポートを書いてもらいます。美大・芸大をめざす生徒だけではなく、世界史を勉強している生徒や、ただ好きだからという理由で選ぶ生徒もいます。こうした授業を正規のカリキュラムとして1年間実施している学校は珍しいのではないかと思います。

中2で取り組む「紙立体」作品
中3で行う「木彫」作品

中2で取り組む「紙立体」(左)と中3で行う「木彫」(右)の作品。生徒それぞれの考えや思いが伝わってくる力作、傑作が並んでいます

美術鑑賞に模範解答はない
予備知識なしで気軽に出掛けよう

広野 中高6年間の美術の授業を通して、どのような力を育てたいとお考えですか。

野手 生徒たちにいちばん身につけてほしいのは、自分で決めてやり遂げる力です。これまでご説明したように、本校の美術の授業では、素材も表現方法もすべて自分で決め、自分の考えで取り組めるようにしています。AI技術の進歩などにより世の中の動きが激しくなり、将来の予測が立てにくい時代になってきました。だからこそ、美術をはじめとする日々の学びを通して、自分で決めたことに自信を持ち、最後までやり遂げる力を培ってほしいと考えています。

広野 授業中の生徒さんたちの様子はいかがですか。

野手 「先生、見て見て!」と、自分を主張する生徒がとても多いですね(笑)。おとなしく、恥ずかしがりやの生徒でも、近くに行って声を掛けると、「こうしたかったんです」「これが好きなんです」とたくさん話してくれます。よく耳にするのが、「美術の時間はリラックスできる」という声です。部活やテスト対策などで忙しい6年間のなかで、美術の授業は自分の内面にじっくり向き合える時間だと感じてくれているようです。

広野 最後に、わが子と一緒に美術を楽しみたいという保護者の皆さんにアドバイスをお願いします。

野手 美術鑑賞の魅力は、模範解答がないことです。美術館に行っても、理解しよう、勉強しようなどと身構える必要はありません。ただ目の前の作品を一緒に見るだけでいいのです。そして、見終わった後に「どうだった?」と話し合いましょう。そのときに大事なのは、お子さんの感想を聞くだけでなく、保護者の方もどう感じたかを率直に話すことです。子どもの目に映っている世界は大人のそれとは違う場合が多いので、その違いを共有することが、コミュニケーションを深めるきっかけになります。まずは予備知識なし、正解なしで気軽に出掛けてみましょう。正解のない問いを親子で一緒に楽しむことが、美術鑑賞の大切なポイントになります。

広野 美術教育では、つくること、観ること、自分を知ることが一本の線でつながっているのですね。

本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

フェリス女学院中学校・高等学校のキャンパス

フェリス女学院中学校・高等学校2号館教員室前にて