受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

さぴあインタビュー/全国版

新たに「医進コース」を設置
社会での女性の活躍を見据えて
独自の先進的な教育を行う

淑徳与野中学・高等学校 校長 黒田 貴 先生

「社会に有為な人間になれ」
尼僧によって寺院の境内で開校

聞き手1
サピックス
教育情報センター所長
神田 正樹

神田 初めに学園の沿革についてご紹介ください。

黒田 本校の歴史は1892(明治25)年、尼僧の輪島聞声先生が、東京・小石川の伝通院境内に淑徳女学校を開設したところから始まります。まだ女子教育が一般化していない時代に、聞声先生は「進みゆく世に遅れるな。有為な人間になれ」と、今でいう女性の社会進出の必要性を訴えておられました。その後、淑徳女学校は発展を遂げ、今では幼稚園から大学までを擁する総合学園になりました。

 埼玉県・与野に学校ができたのは、第8代校長の長谷川良信先生のときです。良信先生が就任された当時は戦時下で、淑徳の生徒たちは、与野の工場で寄宿舎生活をしながら勤労奉仕をしていました。戦後、そのご縁で与野にも学校を設立してほしいという要請があり、1946(昭和21)年、淑徳女子農芸専門学校を開設し、同時にその付属校として淑徳高等女学校与野分校を併設したのです。そして、2年後の1948年に淑徳与野高等学校(普通科課程)として認可され、2005年に中学校が現在の場所に開校。2015年に高校もここに移りました。

神田 淑徳大学の創設者でもある長谷川先生は三大社会事業家の一人ともいわれ、学校の設立などさまざまな事業活動をされた方ですね。

黒田 海外でも障害を持つ子どもたちのために教育施設を設立するなど、幅広く活動されました。良信先生は“Not for him,Together with him”ということばを残されています。「人のために尽くす」ではなく「共にあれ」という教えは、生徒たちにも浸透しています。

神田 黒田先生は学園とはどのような経緯でかかわられたのですか。

黒田 わたしは大学院を卒業後、教育関連の企業に3年間勤め、ご縁があって国語の教員として本校に着任しました。1988年のことですから、もう36年になります。

神田 中学開設の際もご尽力されたと伺いました。学園の長い歴史とともに歩んでこられたのですね。

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120名収容の礼拝堂「利行堂」

25年1月号 さぴあインタビュ ー/全国版:
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