受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.01

子どもの自己肯定感を伸ばすために
保護者自身が自信をもって子育てを

 サピックスで学ぶほとんどのお子さんにとって、中学受験は初めての「挑戦」です。また、それを支える保護者の方にとっても大きな挑戦だと思います。挑戦に際しては不安や戸惑い、迷いがつきまといます。そこで「さぴあ」では、今年の春、開成中学校・高等学校の校長を退任し、北鎌倉女子学園の学園長に就任された東京大学名誉教授の柳沢幸雄先生に、挑戦するお子さん、そして保護者の方に向けて、アドバイスやメッセージを頂きます。第1回のテーマは、「コロナ禍における子育ての在り方」です。

文責=柳沢 幸雄

未来の予測は難しい。だからこそ
どんな時代でも生きていける力を

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 われわれは今、100年に1度のパンデミックの真っただ中にいます。わたしは、ハーバード大学公衆衛生大学院や東京大学において、長く環境健康学の分野で指導に当たってきました。当時の教え子たちは現在、世界各国で新型コロナウイルス感染症の拡大を何とか食い止めようと、不眠不休でその対応に当たっています。そうしたバックグラウンドを持つ者として、今回の新型コロナウイルス感染症がもたらす社会の変容や、「コロナ禍」における子育ての在り方を考えてみたいと思います。

 これから新型コロナウイルスがもたらす社会の変容がいかなるものか、正直なところ、正確には誰にも予測できません。流行の第2波、第3波が訪れるかもしれないし、ウイルスが変異して、対応がいっそう難しくなるかもしれません。1918年春にアメリカとヨーロッパで感染が広がり、1920年まで世界中で猛威を振るったインフルエンザ、いわゆる「スペイン風邪」のケースと照らし合わせても、新型コロナウイルスとの戦いは、長期戦になることを覚悟したほうがよいでしょう。

 もっとも、新型コロナウイルスの流行がなくとも、「未来を予測する」ことは難しいものです。たとえば、皆さんが今のお子さんくらいの年齢だったころを振り返ってみてください。今から30年前、日本はバブル景気に浮かれ、「イケイケどんどん」のムードに包まれていました。しかし、それもつかの間、バブルは崩壊し、経済は失速。ここまで閉塞感の漂う30年間が訪れるとは誰が予見できたでしょうか。そのくらい、時代は目まぐるしく変わるものであり、わたしたちの力ではコントロールできないものです。

 だからこそ、子どもたちには、どんな状況下でも生き抜くことのできるしなやかな力をつけてあげなくてはなりません。

自己肯定感の低い日本の若者
自信の涵養こそ真の国際教育

 未来の全貌を予測することは難しいものの、現在の趨勢から、おぼろげながら見えてくることはあります。ここ数年、日本における在留外国人や海外在留邦人の数は急激に増加し、社会は確実に国際化、そして多様化しています。「面倒だから、ずっと日本にいればいい」と言う人もいるでしょうが、今でさえ多くの外国籍の人たちが日本で生活する時代。皆さんのお子さんが大人になるころには、たとえ日本にとどまっていても、いや応なしに外国の人々と共生する社会になっているでしょう。

 内閣府の『子供・若者白書』(令和元年版)によれば、「自分自身に満足しているかどうか」について、「そう思う」または「どちらかといえばそう思う」と肯定的に答えた日本の若者は45.1%。一方、韓国(73.5%)は7割を、アメリカ(87.0%)やイギリス(80.1%)など欧米諸国は8割を超えています。世界の若者に比べ、日本の若者の自己肯定感はこれくらい低いのです。

 これからますます多様化する社会において、子どもたちは、このように自信みなぎる世界の若者と対等に渡り合っていかなくてはなりません。それを考えると、子どもたちの自己肯定感を養い、自信を涵養することこそ、真の国際教育であり、これからの時代を生き抜く力になるとわたしは考えています。

できないことを嘆くのではなく、
置かれた状況で最善の選択を

 では、なぜ日本の若者の自己肯定感は低いのでしょうか。理由の一つは、大人、すなわち親の自己肯定感が低いからです。親が自信をもてないのに、子どもにばかり「自己肯定感をもて」と言っても、それは無理な話です。

 家庭で過ごす時間が増え、保護者の役割が高まっている今だからこそ、皆さんには自信をもって子育てをしてほしいと思っています。長引く自粛生活に、保護者の方々の不満が募るのは当然のこと。しかし、親のいら立ちはすぐ子どもに伝わります。どうか、できないことにいら立つのではなく、この困難な状況でも、「できていること」に目を向け、それを評価してほしいのです。

 "Better selection under given conditions". これは、ハーバード大学で教えていたころ、わたしが教え子によく言い聞かせていたことばです。「置かれた状況で、相対的により良い選択をしなさい」という意味です。休校が始まる前と後を比べると、お子さんにはどんな変化があったでしょうか。「食器を自分で洗うようになった」「洗濯物をたためるようになった」など、自分でできることが増えたのではないでしょうか。それらは、お子さんの成長であり、同時に間違いなく保護者の皆さんの子育ての成果です。そのことに皆さんが自信をもち、これからも「Better selection」を重ねていけば、物事はおのずと良い方向に進んでいくことでしょう。

 長い人生で見れば、子どもが親と一緒に過ごす時間は短いものです。しかし、こういう状況に陥ったことで、子どもと過ごす時間は以前より格段に増えました。その時間をチャンスととらえ、いろいろなことにお子さんと一緒に挑戦してみてください。楽しみながら学ぶ大人の姿を間近に見ることで、子どもたちは自然と自己肯定感を伸ばし、学ぶ楽しさに気づいてくれるはずです。

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