受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.03

「牛後」を恐れる必要はない
身近に「すごい人」がいる人生は楽しい

 あこがれの学校なら、たとえそこで下位になりそうでも、飛び込んで、がんばるほうがいいのか、少し目線を下げ、「安全校」のトップで6年間を過ごすほうが気持ちいいのか。志望校を決める際、受験生とその保護者の方の頭を悩ませるのが、こうした「入学後のポジション」を見据えた学校選択です。今回のテーマは、いわゆるこの「鶏口牛後」について。入学後に何をよりどころに学校生活を送るべきかなどを含め、柳沢幸雄先生が、最適な選択のあり方を考えます。

文責=柳沢 幸雄

合格ライン付近の学力差はわずか
成績は入学後に大きく変わる

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 「鶏口牛後」というのは、「牛のしっぽ、つまり大きな組織の末端ではなく、ニワトリのくちばし、すなわち小さい組織のトップでいなさい」という、中国の故事に由来することばです。受験に置き換えるならば、「自分の実力以上の学校の、最後方の位置で過ごすより、多少レベルが下がっても、そこで先頭を走ったほうがよい」ということになります。しかし、果たして本当にそうでしょうか。

 例年、志望校から繰り上げ合格の連絡をもらったものの、自分がそこに行くべきかどうか、尻込みしてしまうという受験生がいます。「優秀な同級生に囲まれて、入学後に苦労するのでは。劣等感を抱き続けるのではないか」と、ひるんでしまうのです。また、願書を出す段階で、今の成績では、たとえ合格できても、入学後、苦労するのではないかという“親心”から、一つレベルを下げるご家庭もあると聞きます。

 しかし、繰り上げ合格についていえば、ボーダーライン付近の1点、2点の差は、能力差を反映しているとはいえません。仮に、もう一度試験をしたら、あっさり合否が入れ替わるかもしれないというくらい、非常に肉薄した世界なのです。また、入試の点数と、6年後の大学受験の結果にもあまり相関はありません。入試の成績がどうあろうと、その後の成績が逆転することは当たり前にあるのです。ですから、「鶏口」か「牛後」か、という問いに対しては、迷わず「牛後」を選ぶべきだというのがわたしの考えです。

「上には上がいる」と知ることは
かけがえのない財産になる

 実は、受験において、初めに志したあこがれの第一志望校に受かる子どもというのは、全体の1割くらいしかいません。力が及ばず、やむを得ず志望校を変更したり、実際にチャレンジしたけれど不合格に終わったりする受験生のほうが圧倒的に多いのです。そういった意味でも、もし繰り上げ合格というチャンスが舞い込んできたら、喜んで進学すべきだし、どうしても行きたい学校があるなら、多少ハードルが高くとも、チャレンジすべきだと、わたしは思います。

 ほかの人より優位に立って、余裕しゃくしゃくで生きるより、「あいつにはかなわない」と思えるくらい、優秀な人が身近にいるほうが人生は楽しいものです。実際に、こうした「すごい人」が身近にいると、刺激を受けますし、「あいつがあの道を選ぶなら、自分はこの道に進もう」と、自分の立ち位置や進むべき進路がはっきりと見えてきます。

 もちろん、社会に出れば、いくらでも「すごい人」に出会うチャンスはあるでしょう。しかし、感受性が豊かで、考え方が柔軟な10代のうちにそういう経験をしておけば、おかしな劣等感を持つこともありませんし、価値観の幅も広がるものです。わたし自身、開成時代に何人か「すごい先輩」「すごい友人」に出会いましたが、卒業後、それを超える人に会ったことがありません。「上には上がいる」と、若いうちに身をもって知ることは、その後の人生において、かけがえのない財産になると思います。

居心地の良い6年間を過ごせるよう
学業以外の指標にも目を向けて

 また、どんな学校に入学しても、「学業成績が良い」ということだけをアイデンティティーにして中高生活を送ることができる子どもというのは、ほんの一握りです。ほとんどの生徒は、部活動や生徒会活動など、自分の得意なことを見つけて活躍することで、アイデンティティーを確立していくことになります。

 開成も、「剣道部の田中」「生徒会の佐藤」「鉄道にやたら詳しい鈴木」というように、名字の前に“肩書”が付くことで、コミュニケーションが円滑になる学校です。そうした特技や特性が、学業成績と同じくらいリスペクトの対象になるわけです。周りの友人に認めてもらえる何かがあれば、学校でも居心地が良くなります。居心地が良ければ、おのずと能力も伸びていき、最終的には、大学受験における選択肢も広がります。

 ですから、志望校を選ぶ時点では、「自分はついていけないのでは」という不安はひとまず脇に置いて、学業以外のことに打ち込めるか、そのための環境が整っているかという観点で学校を絞り込んでいくのがよいでしょう。そして、受験校を決めた後は、それらの学校に「優劣をつけない」ようにすることが大事です。ふだんから保護者が「A校はいいけど、B校はちょっと…」などと話していると、いざ、B校に進学することになったとき、子どもは大きな挫折感を味わいます。合格した学校に気持ち良く進学できるよう、保護者の皆さんには、「選んだ学校は、どれもあなたに合っている学校なのだから、どこに進学したっていい」というスタンスを貫いてほしいのです。

 入学後、どんなポジションで成績を収めていけるかは、本人にとっても保護者にとっても重大な関心事です。しかし、学業より大事な指標は、学校生活のなかにたくさんあります。そのことを念頭に受験に臨むことができれば、どの学校に進むことになっても、実り多き6年間を過ごせるはずです。

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