受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.05

自己肯定感を育む「垂直比較」で
長所を伸ばし、自立を促そう

 新学年がスタートしました。新6年生を持つ保護者の皆さんにとっても、この1年は勝負の年。志望校合格という目標に向けて、親子で気持ちを新たにしていることでしょう。そこで、今回のテーマは、「保護者の役割と心構え」です。柳沢幸雄先生が、受験生を持つ保護者の方々に向けて、わが子の力を伸ばすために意識すべき点や、果たすべき役割についてアドバイスします。

文責=柳沢 幸雄

中学受験は「ノーリスク」
寛大なスタンスで後押しを

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 中学受験というのは、厳しい戦いです。第一志望校に合格できるお子さんは、実際の受験時で3割、中学受験を決めた当初のあこがれの学校で考えると、夢をかなえるのは全体の1割くらいしかいません。実力が届かず、途中で志望校を変更せざるを得なかったり、自信を持って受験したけれど、本番で実力を発揮できなかったりするお子さんはたくさんいます。

 そういう意味でも、保護者の方に頭に入れておいてほしいのは、公立校という受け皿があるという点で、中学受験は「ノーリスク」な挑戦であるということです。「何が何でも御三家に」「絶対に私立でなければ」という保護者からのプレッシャーは、場合によっては、子どもの心に大きな傷を残しかねません。ですから、「あなたが納得して受験した学校であれば、たとえ第一志望校でなくても、充実した中高生活が待っているはずだよ」といった寛大なスタンスで、子どもたちの挑戦を温かく見守ってほしいと思います。その意味では、早い段階でたくさんの学校を見学し、第二志望校、第三志望校をしっかり選んでおく必要があります。

 一方、「中学受験は、保護者の〝努力量〟が成否を分ける」と言う人がいます。しかし、わたしはそうは思いません。まだまだ幼い子どもたちですから、保護者がしっかりリードしなければならないのは事実です。しかし、保護者が努めるべきは、目先の受験対策に熱を上げることではなく、子どもたちに自立を促し、社会に通用する知力やメンタリティーを養うことではないでしょうか。「中学受験さえ成功すれば、その後の人生はすべて安泰」というのは幻想です。「わが子が自立し、立派な社会人となるうえで、最善の選択は何か」をよく考えて、受験に臨んでほしいと思います。

「家事」は最良の家庭教育
生活力の養成は自立の第一歩

 子どもに自立を促す第一歩は、家庭で家事を教えることです。掃除・洗濯・炊事など、生活の基盤となる作業に小さいころから慣れていれば、将来どんな環境に置かれても、自分の力で生きていくことができます。

 生活力を養うことは、学習面においても効果があります。そもそも学習というのは、「抽象と実体を結び付けること」です。たとえば、食事を例にとると、レシピは「抽象」ですが、出来上がる料理は「実体」。この二つのつながりを、体験を通じて学ぶことは、子どもに非常に大きな学習効果をもたらします。

 2人分として書かれたレシピを4人分作るには、分量を2倍にする必要がありますし、逆に1人分作るには、それぞれを2分の1に計算し直す必要があります。「塩10グラム」も、自分で実際に量ると、その量が実感できます。

 このように、日々の家事のなかには、学びの機会がたくさん隠れています。そうした小さなきっかけを見逃さず、積極的に経験させてあげることこそ、家庭でできる最良の教育といえるでしょう。

 学校説明会や保護者会のたびに、われわれが、保護者の皆さんに口を酸っぱくして話しているのは、「どうか早く子離れをしてください」ということです。子どもには、生まれつき親離れの本能が備わっていますが、親にはそれがないため、いつまでも子どもの世話を焼こうとしてしまいがちです。保護者が子離れできないために、子どもの成長に支障を来すケースを、わたしはこれまでいくつも見てきました。

 遅かれ早かれ、親子の〝世代交代〟は訪れるもの。そうであれば、なるべく早い時期から生活力の養成を意識し、子どもの自立を促してあげるべきだと思うのです。それが、これから迎えるであろう、お子さんの反抗期を上手に乗り越えるこつでもあります。

「垂直比較」を意識して
自己肯定感を育む声掛けを

 子どもに家事を経験させるなかで、「初めはできなかったけれど、だんだんうまくできるようになった」体験が増えていくと、それは自己肯定感につながります。たとえば、初めは卵をぐしゃっとつぶすようにしか割れなかったけれど、回数を重ねるうちにきれいに割れるようになった。そういう瞬間をきちんととらえ、「前より上手に割れるようになったね」と声を掛けられると、子どもは自分の成長を、喜びを持って実感できます。

 現在、わたしは、北鎌倉女子学園で「柳沢ゼミ」を担当しています。そのなかで、生徒に積極的に聞くようにしているのは、「ゼミを受講する前と比べて、あなたの考えはどう変わりましたか」ということです。他者と比べる「水平比較」ではなく、過去の自分と比べる「垂直比較」を行うのです。そうすることで、肯定的に自分を見つめ直すことができるようになり、次の課題が明確に見えてきます。

 これは、中学受験でも同じことです。「周りの受験生と比べてどうか」ではなく、「過去の自分と比べてどうか」という視点を持つことは、自己肯定感を持って学習を進めるうえでとても大切です。

 AIの進歩によって明らかになったのは、これからは、どの分野でもまんべんなく平均点が取れる「ゼネラリスト」よりも、一つでも飛び抜けた得意分野を持つ「スペシャリスト」が求められる社会になっていくであろうということです。では、自分の得意分野は何なのか。その答えは、他者との比較のなかにはありません。ひたすら自分と向き合った先にしかないのです。中学受験が、その問いについて考えるきっかけとなるよう、保護者の皆さんには、ぜひ「垂直比較」でお子さんを見守り、その挑戦と自立を応援してあげてほしいと思います。

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