受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.06

大切なのは「学校歴」より「学問歴」
子どもには早期の海外経験を

 「国際化」や「グローバリゼーション」といったことばを、いろいろなところで耳にします。柳沢先生は、近いうちにそれらは死語になると見ています。「国際化」が死語になる、つまり真のグローバル時代が到来したとき、どのような社会変化が起きるのでしょうか。今回のテーマは「子どもには海外経験を積ませよう」。柳沢先生が、自身の経験を踏まえながら、国際化社会で求められるスキルや、海外生活を通して得られる学びについてお話しします。

文責=柳沢 幸雄

早くからの海外経験が促す
子どもの自立と異文化理解

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 子どもたちに早くから海外経験を積ませるべき理由は、大きく分けて二つあります。一つは、親元から遠く離れ、ことばの通じない不自由な生活を送ることで、自立を促す良い機会になるということ。「早くから」といっても、高校段階で十分です。中学生は、まだまだ自我の成長途上で、環境の変化に十分に対応できない可能性がありますし、逆に、大学生になってからでは、専攻分野がある程度決まってしまっています。そう考えると、進路がまだ固まっていない高校時代がベストタイミングです。海外で、日本にはない価値観や発想を目の当たりにすることで、みずからの生き方について考える良いきっかけになることでしょう。

 そしてもう一つの理由は、歴史的・文化的背景の異なる人々とのつき合い方を、柔軟な頭で学ぶことができるという点です。早くて10年後、おそらく「国際化」や「グローバリゼーション」ということばは、死語になっていることでしょう。つまり、それは、真の国際化社会が訪れるということです。外国籍の人々と一緒の職場で働くことが当たり前になる時代に、歴史的・文化的背景の異なる人々をいかに理解し、上手に渡り合っていけるか。その準備として、若いうちに海外生活を経験することは、とても有意義な学びになるはずです。

 期間は、できれば3か月程度。3か月、日本を離れるのはなかなか大変でしょうから、たとえば4~5週間程度の海外のサマースクールを自分で探し、アドバイザーに助けてもらってもいいから、英文の応募書類を自分で書いたりする。そうやって日本の日常からせめて3か月程度離れてみることが大切です。

国際化で変わる学歴の概念
求められるのは「学問歴」

 近いうちに訪れる真の国際化社会は、学歴の概念にも大きな変化をもたらすはずです。学歴ということばは、一般的に「学校歴」という意味で使われるケースがほとんどです。たとえば、日本で最高の学校歴は「東大卒」でしょう。しかし、その東京大学も、世界から見たらどうでしょう。イギリスの高等教育専門誌「THE(Times Higher Education)」が発表した2021年の世界大学ランキングでは、東京大学は36位。中国の精華大学(20位)や北京大学(23位)、シンガポール国立大学(25位)のほうが上位です。海外では、東京大学といっても、ぴんとくる人のほうが少ないのです。日本だけで通用する「学校歴」を追い求めて、盲目的に東京大学をめざしていても、これからはあまり意味をなさない時代になってくるのです。

 その一方で、学歴ということばは、「学問歴」とも言い換えることができます。学問とは、文字のとおり、問いを学ぶことですが、さらに突き詰めると、問いを「解くこと」を学ぶのか、問いを「作ること」を学ぶのかで、その意味も二通りに変化します。

 実は、教育のプロセスというのは、まさにその二段構造で成り立っています。学びの第一ステップは、算数の計算問題や、国語の読解問題のように、誰かの立てた問いを「解くこと」。そうした基礎的な訓練を積んだ後に到達するのが、自分で問いを「作る」という第二ステップです。つまり、みずから見つけた課題に対し、問いを立て、答えを導く――。この「自問自答」に粘り強く取り組むことのできる思考力は、正解のない問題に直面する機会が多い現代社会において、生活拠点が日本であろうと、海外であろうと、共通して役立つスキルといえるでしょう。

 これからの国際化社会で重視されるのは、「学校歴」より「学問歴」です。どの学校を卒業したかということよりも、いかに高い課題解決能力を備えているかどうかが問われる時代になっていくのです。

泥臭く試行錯誤を繰り返し
グローバルスタンダードの習得を

 日本というのは、世界から見ると、非常に特殊な社会構造をしています。近い将来、この国に歴史的・文化的背景の異なる人材が多く集まることになれば、「これが日本のやり方です」という〝言い訳〟は通用しなくなることでしょう。

 たとえば、日本特有の風潮として、「他人の発言に何も意見しないことが、礼儀正しい振る舞いだ」という固定観念があります。授業にしろ、会議にしろ、「波風を立てずに、黙っていることが賢明だ」という考えが刷り込まれてしまうと、結果として出来上がるのは、「自問自答」できない大人です。自分の意見を持つことのできない、非生産的な人材が、今の日本にはいかに多いことでしょうか。

 しかし、世界は違います。議論の場で発言しない人間は、「存在しない」ことと同じとみなされます。発言するためには、その時間を確保しなければなりません。いわば陣取り合戦です。わたしも、相手の発言が終わる一瞬の隙に「Question!」と自分の声を挟んで、相手の注意を引き付けたうえで発言権を得たりと、海外留学中に、議論をリードするための技術を自然と身につけていきました。そうやって、泥臭い試行錯誤を繰り返したことも、グローバルスタンダードを学ぶうえで大切な経験だったように思います。

 海外では、日本で生活しているだけでは気づくことのできない、たくさんの発見があります。子どもたちは、これからの国際化社会を担っていく大切な人材です。積極的な海外経験を通して、グローバルスタンダードを学び、自分なりの「学問歴」を作り上げていってほしいと思います。

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