受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.15

加速する学びのデジタル化
興味を持つことが発展への第一歩

 世の中のデジタル化と呼応するように、小学校でプログラミング教育が必修化され、デジタル教科書が2024年度から本格導入されることが決まるなど、子どもたちが学ぶ環境が急速に変わっています。ご自身の小中高時代との違いに戸惑いを覚える保護者の方も少なくないことでしょう。これからの時代を生きるうえで、デジタル教育とどう向き合っていけばよいのか、そのポイントについて柳沢先生に伺いました。

文責=柳沢 幸雄

文系・理系の枠を超えた知識が
プログラミング教育の土台に

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 新型コロナウイルス感染症の影響で、文部科学省の「GIGAスクール構想」が加速し、全国の小中学校では通信ネットワークの整備と、児童生徒1人につき1台の学習用端末(パソコンやタブレット)の導入がほぼ完了しました。

 すでに小学校ではプログラミング教育が必修化されているほか、2025年度の大学入学共通テストからは新科目の「情報Ⅰ」が加わります。漠然とデジタル教育の必要性は理解しているものの、「子どもたちが何をどう学んでいくのかわからない」という保護者の方も少なくないようです。

 あらためて説明するまでもないことですが、今ある仕事のほとんどは、ICT(情報通信技術)がないと成り立ちません。物理的にコンピューターを“作る”仕事から、メールや表計算機能などを“使う”仕事まで、程度の差こそあれ、今やコンピューターなしに働くことは不可能です。

 とはいえ、コンピューターはただの介在物に過ぎません。動かすには人間からの指示が必要です。そして、その指示を出すには、必要な情報を選択し、段取りを整える論理的思考力が求められます。その“地ならし”として、「幼いうちからコンピューターに慣れ親しんでおきましょう」というのが、プログラミング教育の目的です。

 さて、コンピューターを動かすのに必要なのは、「理系」の知識でしょうか、それとも「文系」の知識でしょうか。その答えは「両方」です。われわれは、コンピューターを複雑な計算や解析に使うこともあれば、デザインやアニメーション、翻訳に使うこともあります。コンピューターの前では、文系・理系の区別は存在しないのです。これからの子どもたちには、文系・理系にとらわれない広い視野と知識を身につけてほしいと願うと同時に、学問や進路を文系・理系に分けて考える日本特有の慣習が、できるだけ早く取り払われてほしいと思っています。

個別最適化されたデジタル教材で
「知育」と「生育」の両立に期待

 このコロナ禍では、多くの学校がリモート授業や課題配信などにICTを駆使し、対面授業と遜色ない教育水準を維持してきました。そこでわかったのは、知識を身につける「知育」の面は、デジタルで代替が可能だということ。しかし、集団生活を通して人間関係を築いたり、コミュニケーション力を磨いたりする「生育」の面は、デジタルで穴埋めすることが極めて難しいこともわかりました。

 さらに、この「知育」と「生育」は、最大の効果を発揮する対象規模も異なります。「知育」に適しているのは、少人数の集団です。生徒が少なければ少ないほど、教員は一人ひとりのペースに合わせて指導ができます。その一方で、「生育」に適しているのは、大人数の集団です。対面で接する人数が多ければ多いほど、子どもたちは高いコミュニケーション力を養えます。ここに学校教育のジレンマがあるわけです。

 このジレンマを解消する方法として期待されるのが、対面授業でデジタル教材を使うことです。たとえば、「アダプティブラーニング」と呼ばれる学習方法では、電子端末内で与えられた問題を解くと、生徒の解答をAI(人工知能)が分析し、その単元が得意であればさらに難しい問題を、苦手であればつまずいている問題を、繰り返し出題するという仕組みです。それぞれが個別最適化された問題に取り組むので、学力の底上げが期待できるうえ、「落ちこぼれ」や「浮きこぼれ」と呼ばれる子たちが、劣等感や疎外感を持たずに授業に参加できるという利点もあります。集団生活による「生育」は維持しつつ、自分の習熟度に合った「知育」に取り組む、この理想的な教育システムが、デジタルによって実現される日もそう遠くないでしょう。

利便性の裏側には弊害も
両面を理解したうえで活用を

 すでに中学・高校では、私立校を中心に、さまざまなデジタルツールを用いた学びが取り入れられています。たとえば、電子黒板が導入された教室では、教員が板書した内容が、生徒の手元にある端末に瞬時に反映されます。これによって、生徒たちは、板書をノートに書き写していた時間を、授業内容の理解やアウトプットに充てられるようになりました。また、学校ではできない難しい理科の実験も、動画を使えば追体験できますし、図形を扱う授業では、3D画像を映して立体図をわかりやすく示すこともできます。

 もちろん、デジタルならではの弊害もあります。画面を通して瞬時に多くの情報が得られるので、その場では納得したつもりでも、「実はよく理解していなかった」「すぐに忘れてしまった」ということがよく起こります。これまでのように、声に出す、紙に書くといったアナログな作業を通してアウトプットすることが、知識定着の近道であることに変わりはないでしょう。

 保護者から見ると、学びのデジタル化に不安を感じることも多いかと思います。しかし、それはテレビが世の中に普及し始めたときに、「テレビばかり見ていると、想像力や思考力を低下させてしまうのではないか」と懸念されていたのと同じ構図です。そこから60年以上が経った今、テレビについてそんなことを言う人はいません。新しい技術には常に懐疑的な目がつきまとうものです。まずは、保護者の皆さんが興味を持って、デジタルの良さに目を向けてみること。それが、デジタル教育の発展の第一歩につながるのではないかと思います。

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