受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.16

これからは“雄弁は金”の時代
たくさん話す子どもは賢く育つ

 「沈黙は金、雄弁は銀」ということわざがあるように、日本では昔から発言を慎むことが美徳とされてきました。しかし、柳沢先生は、賢い子に育てたいなら、「子どもに積極的に話をさせること」が重要だと言います。子どもたちの発言を促すために、家庭でできることは何でしょうか。話す力を身につけると、どんなメリットがあるのでしょうか。柳沢先生に、子どもを話し上手に育てるためのポイントを伺いました。

文責=柳沢 幸雄

子どもに話をさせることが
最も簡単で効率的な学習方法

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 「賢い子どもに育ってほしい」―これは、世の中の保護者の共通の願いだと思います。その願いをかなえるために家庭でできる、おそらく最も簡単で効率的な方法は、「子どもに積極的に話をさせること」です。

 人間が何かについて話すとき、脳はフル回転しています。これを教育に応用したのが、「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる双方向型授業です。従来の講義型授業では、教師の話を静かに聞いていればよかったわけですが、アクティブ・ラーニングではそうはいきません。常に発言が求められるため、今習ったことを必死に思い出し、自分なりの考えをまとめなくてはならないからです。そうやって、頭をぐるぐると動かし、自分の発言内容を考えることによって脳が活性化し、知識も自然に定着するのです。

 逆にいえば、知識の定着度は、その内容を自分のことばで説明できるかどうかで確認できます。「この子、ちゃんとわかっているのかしら?」と不安を感じたら、子どもが先生役に、保護者が生徒役になって、簡単な授業をやってもらいましょう。子どもがよどみなく説明できれば、本当に理解している証拠です。しかし、詰まってしまったり、説明の流れが論理的でなかったりするところがあれば、そこが理解できていないとわかります。

「5W1H」を使った合いの手で
論理的な話し方が身につく

 話すということは、一見簡単そうに見えて、実は高度な技術です。赤ちゃんがことばを話せるようになるまでの過程を思い浮かべてみてください。生まれてからしばらくの間は、発声器官が発達していないため、「喃語」と呼ばれる、ことばにならない声を発します。そこから次第に、「ママ」「パパ」など意味のある単語が出るようになってきますが、まだまだ発音は不明瞭で、親が意訳しなければ、何を指しているのかわからないことがほとんどです。そして、ようやく幼稚園に入るころになって、自分の意思を伝えるための、最低限の単語と話力を身につけるわけです。ここに到達するまでに、およそ3~4年かかります。大人でも、3~4年しか学んでいない言語を使って生活するようにと言われたら、その難しさに戸惑うはずです。そう考えると、ことばを話すには高度な訓練が必要であることがわかっていただけるでしょう。

 ことばを話すスキルを上達させるには、自分の話し掛けに対して、相手に「反応してもらえた」「受け入れてもらえた」という安心感と、「その内容を理解してもらった」「自分のことばが通じた」という達成感の二つが必要不可欠です。それが満たされることによって、「もっと話したい」という意欲につながるのです。

 その意欲を刺激するために親ができるのは、子どもの話をよく聞くこと。そして、子どもの話をうまく引き出すことです。そのこつとしては、「5W1H」を合いの手に入れながら、会話をつなげていくのがよいでしょう。「5W1H」とは、英語の疑問詞である「When(いつ)」「Where(どこで)」「Who(誰が)」「What(何を)」「Why(なぜ)」「How(どのように)」の総称です。これらのことばを投げかけることで、子どもの話の解像度はぐんと上がります。そして、それを繰り返すことによって、子ども自身も徐々に論理的な話し方を身につけていくのです。

発言しなければ不利益に直結
話す力は国際社会の必須スキル

 子どもの話に耳を傾け、話しやすい雰囲気を作ることは、子どものストレスマネジメントにも直結します。皆さんも、他人に愚痴を聞いてもらい、「いらいらがおさまった」「気持ちがすっきりした」という経験があるのではないでしょうか。自分の感じている不安を言語化して、誰かに話すことは、最大のストレス解消法です。それは子どもたちも同じです。「話すことが楽しい」という原体験がある子どもは、家族に対して自分の不安を口に出しやすく、自分の受けたストレスをすぐに軽減することができます。しかし、そうした経験のない子は、ささいなことも自分のなかに抱え込んでしまい、解決までに余計に時間がかかってしまいます。学習のつまずきや、友人間のトラブル、いじめの兆候を早期に発見するためにも、家庭での話しやすい雰囲気づくりは肝要といえるでしょう。

 日本ではこれまで、「沈黙は金、雄弁は銀」という価値観が主流でした。「口は災いのもと」「言わぬが花」といったことわざからもわかるように、発言を慎むことが美徳とされてきたのです。しかし、海外に出れば、その常識は通用しません。授業やディスカッションのなかで発言しない学生は、その場にいる資格がないとみなされます。国際的なビジネスにおいても、自分たちの技術力をアピールし、したたかに交渉しなければ、こちらに有利な条件で契約を結ぶことはできません。相手にきちんと意見を伝えなければ、のちのち不利益を被るのは自分なのだと、日本人は認識を改める必要があると思います。

 これからは“雄弁は金”の時代です。自分の考えを言語化し、発信する力は、国際社会を生きるうえで必須のスキルといえるでしょう。それにはまず、家庭でのはたらきかけが大切です。保護者の方はとにかく聞き役に徹して、子どもの話をたくさん引き出してあげてほしいと思います。

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