受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

挑戦するキミへ

Vol.17

いじめはどこでも起こりうる
「自分基準」で疲弊しない工夫を

 新学年が始まることに期待が膨らむ一方、子どもが新しい環境になじめるかどうか、不安を感じている保護者の方も多いのではないでしょうか。子どもの対人関係のトラブルは、最も気をもむ心配事の一つ。「周囲の人と仲良く過ごしてほしい」という親の願いとは裏腹に、柳沢先生は「全員と仲良くしようとするから、無理が生じる」と言います。いじめを早期に発見するポイントや、人間関係に疲弊しないための工夫について、柳沢先生がアドバイスします。

文責=柳沢 幸雄

子どもの様子を注意深く観察し
異変を察知したらすぐに対応を

柳沢 幸雄

やなぎさわ ゆきお●北鎌倉女子学園学園長。東京大学名誉教授。1947年生まれ。東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学大学院准教授・併任教授などを経て、2011年4月から2020年3月まで開成中学校・高等学校校長を務める。2020年4月から現職。

 子どもが楽しく学校に通えているか、周囲と良好な人間関係を築けているかは、保護者の方にとって大きな悩みの種です。子どもがいじめやトラブルに巻き込まれていないか、早期に気づくためのポイントは二つあります。

 一つは、子どもが話しやすい雰囲気を家庭内につくることです。日ごろから「自分の話をちゃんと聞いてもらえる」と感じられる信頼関係を築いておけば、他愛のない会話からでも、ちょっとした異変に気づくことができます。最も避けたいのは、子どもが弱音を吐いたときに、「そんなことで悩んでいるの?」「いつまで落ち込んでいるつもり?」などと叱責することです。せっかく声を上げても、保護者にそう一蹴されては、子どもも立つ瀬がありません。まずは「そんなことがあったのね」と受け入れ、「どんなときもあなたの味方よ」と伝えてあげてほしいと思います。

 とはいえ、子どももいじめのこととなると、「親を心配させたくない」という気持ちから、自分から口を開きたがらないのも事実です。そういうときは、日ごろの様子を注意深く観察してみましょう。これが二つめのポイントです。洋服が汚れていないか、食欲が落ちていないか、お金の使い方に変わったところがないか、自宅を出るときの足取りが重くないか―。少しでも「おかしい」と思うところがあったら、迷わず対応すべきです。

 子どもの発言や行動からだけでは確信が持てない場合は、周囲から情報を集めるのも一つの方法です。学校の先生やママ友に話を聞いたり、子どもの友だちを自宅に招いたりしてみましょう。それによって、子どもの置かれている状況や、それに対する解決策が見つかるかもしれません。

各校で進められるいじめ対策
複数の相談先を見つけておこう

 現在、多くの学校で、匿名のアンケートを定期的に実施したり、専門の資格を持つスクールカウンセラーを常駐させたりと、いじめを早期に発見するための対策が採られています。以前、わたしが勤めていた開成でも、「教育相談委員会」を設立し、ふだんの授業で接触しない第三者的な先生に相談できる窓口や、複数のスクールカウンセラーを配置するなど、多くの相談窓口を設けていました。いじめを発見するためには、子どもと直接的な利害関係のない第三者に助けを求められるよう、さまざまな“チャンネル”を用意しておくことがとても重要なのです。

 子どもがいじめに遭ったとき、保護者の支えになるのも、それらの窓口です。特にスクールカウンセラーは、専門の知識を持っていますから、子どもへの接し方や解決方法について適切なアドバイスが得られるはずです。悩みがあるときには家庭内で抱え込まず、積極的にプロの力を頼ってほしいと思います。

 大切なのは、「いじめはどこでも起こりうる」という意識を持つことです。残念なことですが、大人の世界にもいじめに相当する行為は存在します。それが、集団生活を営む“人間の性”だからです。誰でもいじめの被害者・加害者になりうることを理解し、「どうすれば回避できるか」「どこに助けを求めればよいのか」を日ごろから考えておきましょう。

他人に合わせる必要はない
「自分基準」で真の友だちを見つける

 日本人は、幼いころから「みんなと仲良くしましょう」と言われて育ちます。子ども自身もそれに疑問を持たずに大きくなります。しかし、大人になった今、保護者の皆さんは、“みんなと仲良く”できているでしょうか。うわべでは仲良くできても、内心ではどうしても受け入れられない人、できるだけ距離を置きたい人がいるのではないでしょうか。

 人間は千差万別ですから、合わない人がいるのは当然のことです。それを無理やり「合わせよう」とエネルギーを消耗するから、人間関係にひずみが生まれるのです。

 いろいろな学校で生徒と話してみて感じたのは、無意識にはたらく同調圧力によって、人間関係に疲弊している生徒が多いことでした。そこで「あなたはあなたでいい」「無理に他人に合わせることはない」という話をすると、生徒たちは一様にほっとした表情を見せるのです。

 わたしは常々、日本人はもっと自分本位に生きていいと思っています。自分本位というと、身勝手なように聞こえますから、「自分基準」と言い換えてみましょう。「自分基準」とは、自分が心地よいと感じることは他人にも積極的に行い、自分がされて嫌だと感じることは他人にはしないという意味です。時には、よかれと思ってやったことが、相手に肯定的に受け止めてもらえないかもしれません。その場合は、「この人とは馬が合わないんだな」と割り切って付き合うことも肝要です。こちらが無理に合わせないかわりに、相手にも無理強いしないようにするわけです。

 自分にとって合う人、合わない人が存在するのは、社会が多様性に富んでいることの証しです。そのなかで、「自分基準」の行動から距離が縮まった人こそ、真の友だちといえるのではないでしょうか。真の友だちは、1人いれば十分だとわたしは考えます。子どもたちには「みんなと仲良く」ということばにとらわれすぎず、新しい環境で真の友だちを見つけてほしいと願っています。

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