受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

「はやぶさ2」プロジェクトに学ぶチャレンジ精神の大切さ

困難なミッションを遂行するためには
「失敗を許容」することも必要

 小惑星リュウグウで採取したサンプルを地球に届け、大きな話題を呼んだ「はやぶさ2」。なぜ、「はやぶさ2」は困難なミッションを遂行できたのでしょうか─。今回は、そのプロジェクトマネージャを務める宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所・教授の津田雄一先生に登場していただき、リーダーに求められる条件や、「協働力」「問題解決力」「チャレンジ精神」を養うことの大切さなどについて伺いました。

やりがいや成長を感じ
前向きに取り組める環境が必要

広野 リュウグウに着陸した後、プロジェクトは問題なくスムーズに進行しましたか。

津田 小惑星の物質を採取して、さらに人工クレーターを造るという世界初のミッションも成功させることができました。そうなると、2回目の着陸をして、クレーターを造る際に出てきた地下の物質を採取することにチャレンジしたくなります。成功すれば、着陸1回だけの探査とは比べ物にならないぐらい大きな成果が得られます。これまで、世界のどの国も2回の着陸を成功させたことはありませんし、今後50年は誰もやらないであろう、大きなチャレンジです。しかし、プロジェクトチームのなかからは、「1回の着陸成功だけで地球に帰ってきても大成果になる。これ以上リスクを取る必要はない」という声も上がりました。

広野 2回目の着陸をするかどうか、議論をしたうえで決断するのはリーダーの役割です。相当な覚悟や勇気が求められたのではないでしょうか。

津田 おっしゃるとおりです。ただ、そのときに思ったのは、覚悟や勇気がないと決断できない状況に自分を追い込んではいけないということです。まずは全員が納得できる状況をつくり上げて、決断のハードルを下げること。そうしないと精神がもちません。ですから、2回目の着陸を実現するために、論理的な視点に立って準備や情報集めを済ませてから、関係各所を説得しました。そうやって大きなチャレンジを決行したのです。

広野 大きなプロジェクトでは、自分の専門分野以外との連携や交渉が必要です。また、今はあらゆる分野が複雑化していて、一人ですべてを完結できるような仕事はなくなりつつあります。多くの人たちと協働して仕事を進めていくためには、どのような力を身につければいいのでしょうか。

津田 自分の専門性に誇りを持ちつつ、チームメンバーと協力し合い、共感し合い、認め合う力が大切です。いろいろな専門分野の人たちがたくさん集まって、心を一つにしていかなければなりません。そのためには、明確な目標やお互いの信頼関係、さらには「この仕事が楽しい」と思える環境が必要になります。ここでいう「楽しい」とは、それぞれがやりがいや成長を感じ、前向きに取り組めるということです。

失敗を恐れず、楽しみながら
大胆にチャレンジを

広野 勉強も同じですよね。仲間と一緒に同じような目標をめざして、今まで知らなかったことを知り、できなかった問題が解けるようになるのを日々感じられれば、子どもにとって純粋に楽しいことになります。

津田 大きなミッションを実現するためには、目標に向かって、タスクを一つひとつ地道に積み上げていく必要があります。ただ、みんながみんな、長期にわたってモチベーションを保ち続けられるわけではありません。目の前の仕事にきちんとフィードバックがあって、周りから認められたり、自分自身が成長したという感覚があったりしないと、続かない人がほとんどです。受験でも、わからなかったことがわかる、成績が上がる、切磋琢磨し合える友だちができるなどといった、日々の出来事を楽しいと思えるようにすることが重要だと思います。

広野 わが子に将来大きなことをやり遂げるようになってほしいと考えたとき、保護者が気をつけるべきことはありますか。

津田 わたし自身の子ども時代を振り返ると、親が筋の通っているところを見せてくれたことがよかったと思います。わたしも中学受験をしたのですが、常に「学校を優先しなさい」「学校の先生を尊敬しなさい」と言われていました。成長するうえでいちばん大事なのは勉強することであり、受験はその手段にすぎない、大切なのは学校であるという、ぶれない軸を教えてくれました。

 そして、もう一つ、失敗を許容することも教えてもらいました。わたしは中学受験に全敗して、非常に悔しい思いをしました。ただ、その結果に対して、親はあっけらかんとしていたのが印象に残っています。チャレンジできる場を与えてくれて、失敗しても、「先は長い。こういう道も開けるんだよ」と前向きに励ましてくれたことに、とても感謝しています。

広野 その後、高校受験で桐朋に進学されました。桐朋高校は地学にも力を入れていて、天体観測ができる場もあります。今の道に進まれたのは、そうした環境が影響したのでしょうか。

津田 桐朋は本当に自由な学校でした。いろいろな趣味を持っている人がいて、それが許容される雰囲気があります。自由に好きなものを好きと言える環境でした。設備の影響というよりは、そうした同級生のなかに宇宙工学をめざしたいという友だちがいて、彼と刺激し合っていたことが大きかったですね。また、学校での友だちづき合いを通じて、チームづくりの基礎を学んだような気がします。

広野 実りある中・高生活を送るために、受験生にメッセージをお願いします。

津田 小・中学生のうちは、まだ将来の見通しが立っていないからこそ、本当の意味で可能性が無限に広がっています。自分の進むべき道を探るために、失敗を恐れず、楽しみながら大胆にチャレンジしていってください。

 世の中には、わからないことがたくさんあります。宇宙のこととなると、なおさらです。仲間と力を合わせて、誰も成し遂げたことのない大きなチャレンジができるという点では、宇宙はまたとない舞台です。ぜひ、たくさんの人にめざしてほしいと思います。 

広野 学校では、勉強はもちろん、体育や芸術、友だち関係など、将来につながる経験がたくさんできます。そのなかで、いろいろとチャレンジできるといいですね。本日は、ありがとうございました。

『「はやぶさ2」
リュウグウからの玉手箱

津田雄一 監修 山下美樹 文
文溪堂 刊
1,430円(税込)

 小惑星探査機「はやぶさ2」の仕事は、「リュウグウ」を探検してそのかけらを地球に届けること。数々の困難を乗り越えてミッションを成功させた、「はやぶさ2」の活躍を描く宇宙科学ノンフィクション。科学が苦手な人にもわかりやすく読めます。

『はやぶさ2のプロジェクトマネジャーは
なぜ「無駄」を大切にしたのか?』

津田雄一 著
朝日新聞出版 刊
1,980円(税込)

 突然、600人をたばねるリーダーに抜擢された津田先生。短納期・低予算だった「はやぶさ2」プロジェクトをどう導くのか。想定外の事態にぶつかりながらも、「100点満点で1000点」という大成功をたぐりよせたリーダーの思考と行動を解説します。

22年7月号 子育てインタビュー:
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