マジメな女の子の場合
今回の受験の目標は『親子関係が悪くならないこと』『人生の通過点としてやってよかったと思える中学受験にすること』でした。
無理をしていい学校に受かっても心身のバランスを崩して退学する子が実は多かったり、親子関係がこじれて大変な思いをしているご家庭を目の当たりにしていたからです。
6年の最初は算数の偏差値48位、国語は東野圭吾が大好きな本の虫なので50後半から60。理科は幼少期から実験教室に通っていたので55位でした。
本人も算数に苦手意識があり、どうやって勉強したらわからなかったので、算数の先生に電話で相談し、勉強方法を教えてもらいました。
尊敬する先生から1対1で勉強法を教わり、大変うれしく、やる気が出たようで、先生に言われた通りに勉強して、テストの成績が少しずつ上がっていくことに喜びを感じていました。この時に頂いた先生直筆の勉強方法のメモはお守りのように今でも大事に取ってあります。
5年の終わりに生理が始まり、月の半分位出血、お風呂で倒れる、運動会に行く時に倒れて最後の運動会に参加できない等のトラブルが発生し、これはまずいと、7月に産婦人科で小学生でも飲める生理痛の薬を処方して頂きました。その後はほとんど生理が来なくなり貧血が改善し、倒れることもなくなりました。今から考えると成績が伸びたのと、貧血が改善した時期と重なります。
夏休みは親不在で兄妹と子供たちだけで過ごしていましたが、苦手な算数のテキストを全部やり直したようで、10月から算数の成績がぐんぐん伸び、毎回偏差値60を取るようになりました。
フェリス第一志望で、JG第二志望。私の母校のJGを受けさせたかったのですが、1学期の偏差値では無理でした。またJGは遠方で通学困難が予想され夫は反対でした。しかし夏休みの頑張りで射程範囲内に入ってきたJGを、娘は「がんばりたい!!」と言いJGの受験を決めました。フェリスとJGの過去問は国語20年分、算数15年分位やりました。
1月に入ると家でずっと1人で勉強していました。ポモドーロタイマーを使って一日中集中して勉強していたようで、完全に自立していました。しかし学校での気分転換がなくなり、顔色が悪く、目も死んでいたし、全然運動しないので食も細くなり、寝つきも悪くなってしまいました。
朝のお散歩、早く帰って好きなごはんを作る、お風呂に一緒に入り髪を乾かしながらたわいのないおしゃべりをするなど、できるだけ穏やかな生活を送るよう心がけました。
試験が近くなると「サピが終わるのがさみしい。サピの先生や友達と会えなくなるのがさみしい…」「2月1日がすごい楽しみ。自分の力がどこまで通用するのか試したい」と静かな闘志を感じました。
最後まで楽しく勉強をさせてくださった先生方には心から感謝しております。本当にありがとうございました。