受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

子育てインタビュー

子どもの力を本当に伸ばす英語教育とは?

語彙を増やそうと焦るよりも
英語を楽しめる環境づくりが大切

小泉 仁さんKoizumi Masashi

(こいずみ まさし)英語教育学者。東京教育大学(現筑波大学)文学部卒。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学修士課程修了。神奈川県立高等学校教諭、東京学芸大学附属高等学校教諭、文部省・文部科学省教科書調査官、近畿大学教授、東京家政大学教授などを歴任。授業方法研究(小学校・中学校・高等学校)を専門とし、学習指導要領研究、教科書研究、英語教員養成・研修などに取り組む。財団法人語学教育研究所・日本児童英語教育学会顧問。著書に『小学校英語教育の展開』(共著、研究社)、『新しい英語科授業の実践』(共著、金星堂)などがある。

 2020年4月から、小学校の3・4年生では「外国語活動」が、5・6年生では教科としての「外国語」がスタートするなど、英語教育の早期化が進んでいます。小学生のうちに育てたい「英語力」とはどのようなものでしょうか。また、それを養うためには何がポイントになるのでしょうか。今回は、小・中・高等学校における英語教育の研究に長年取り組まれてきた小泉仁先生にインタビュー。小学校における英語教育の現状や課題、家庭で留意すべき点などについてお話しいただきました。

日本語で理解するのではなく
状況に応じて「使える」英語を

広野 小泉先生は、英語教育学を専門にしていらっしゃいます。どのような研究をなさってきたのですか。

小泉 最初は、授業方法改善の研究でした。かつては、「英語学と英文学を学べば英語は教えられる」と考えられていました。しかし、1960年代以降、言語学者ノーム・チョムスキーの影響などにより、英語教育に認知科学の知見が取り入れられるようになりました。生まれたときから日本語漬けになっている子どもが英語に出合ったときに、彼らの頭の中に一体何が起きているのか、そういったことにまで着目しながら英語教育を展開すべきだという考え方になってきたのです。もちろん、この考えは英語だけでなく、すべての第二言語の教育についても当てはまります。

 そうしたなか、わたしは高校の英語教員として、「英語の文法を日本語で解説して、英文を和訳するというような授業は変えるべきではないか」と考えるようになっていきました。日本語に訳して「わかった」で終わらせるのではなく、「使える」ように教えるにはどうしたらいいのかと悩み、試行錯誤を続けました。

 そして1983年、32歳のときに、オーストラリアに1年間の研修に行く機会を頂きました。当時のオーストラリアは、ベトナム難民や移民を数多く受け入れ始めていた時期でした。そうした人たちが、生活のさまざまな場面でどのようなことばを必要としているかという観点から、英語教育が構築されつつあったのです。研修先では、英語を母語としない人に英語を教えるための考え方やプログラムについて学びました。人は「こういうとき、どうしたらいいのか」という状況のなかで、「こんなことを言いたい」と発想します。そうしたコミュニケーションのメカニズムを軸にした英語教育のカリキュラムを作らなくてはならないと、あらためて実感したのです。

 とはいえ、日本に戻ると教科書は昔のままです。大学入試も「文法」「英文和訳」「和文英訳」を問う内容で、教え子たちも「小泉先生の教える英語は入試に使えるのか」と質問してくるなど、自分の指導法に相当迷った時期もありました。

広野 英語を英語のまま理解するのがいいのか、昔からの方法で日本語に逐一置き換えながら理解するのがいいのか、進学校をはじめとする中学・高校の現場でもいまだに悩んでいるようです。

小泉 ただ、ここ数年の間に大学入試の読解問題は非常に長くなりました。逐語訳をしていたらとても間に合いません。ですから、英語のままぱっと大意をつかむ練習をたくさんした受験生のほうが有利です。

変化をためらう日本の英語教育
将来を担う教員養成に力を注ぐ


サピックス小学部
教育情報センター 本部長
広野 雅明

広野 英語教育を変えるには相当なご苦労があったのではないでしょうか。

小泉 英語を英語で教えるノウハウについては、語学教育研究所という大正時代からある英語教育研究団体で学びました。そこで学んだのは、英語で行う授業というのは生徒が英語を使う授業だということでした。

 そうしたなか、縁あって文部科学省の教科書調査官に就任しました。教科書調査官は、教科書の内容が学習指導要領に沿っているかなどをチェックするのが仕事です。それがきっかけで、教材研究に没頭し、大学院で修士号も取得しました。修士論文のテーマは日本の検定教科書の内容分析で、特にライティングの教科書がどのように組み立てられているのかに注目しました。当時の検定教科書は、ライティングといっても文法規則に沿って和文を英文に直すという内容のものがほとんどです。自分の言いたいことを英文にするためのテクニックや、英語で論理を展開するためのノウハウをきちんと載せている教科書はごくわずかでした。

 そうした視点が欠けている教科書には、学習指導要領が求める「自分の考えなどを整理して書く」という活動が不足しているとして、検定意見を付けて修正を求めたこともありました。それに対して、教科書会社側からは「指摘された内容に変更すると、教育の現場で使ってもらえない」と主張する声も上がってきます。検定教科書にさえ、学習指導要領が求めていることを反映させるのはなかなか容易ではなかったのです。

広野 日本の英語教育がなかなか変わらないのは、教科書の在り方、教育現場の考え方にも一因があったのですね。

小泉 教科書調査官としての14年間で英語教育の保守性をつくづく感じ、「この状況を打破するには、将来教員になる大学生から変える必要がある」と考え、大学で教えることにしました。大学の教員になってからは、英語の教え方についての研究を深めることが、いちばんの関心事となりました。振り返ってみると、英語教育学という看板のなかで、授業法研究、教材研究、それから教員養成、この三つがわたしの研究の柱だったのかなと思います。

23年11月号 子育てインタビュー:
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