受験ライフをサポートする進学情報誌 さぴあ

2026年度中学入試 親子で歩んだ 受験の軌跡

進学校 渋谷教育学園渋谷中学校

居心地の悪さを乗り越えて

 2020年春。この年の新小学1年生は、コロナ禍で桜の咲く季節に入学式を行うことができなかった。4月からの数か月、私はマンションの一室で娘と一緒に在宅勤務をすることがあまりにも辛く、小学校受験がうまくいかなかったことも相まって、半ば学童教育の一コマとして娘をサピックスに入れることにした。いま娘と話すと、あれが良かったことなのか、悪かったことなのか。6年間はあまりにも長く、中だるみもあったし、一度は中受をやめようという話をしたこともあった。

 マイページで遡ってみると、テストの成績はジェットコースターのように上下している。特に新4年生以降は、結果を見て居心地が悪くなることが多かった。しかしながら、娘は結果に対してさほど落ち込んだ様子を見せることなく「第一希望:渋渋」を最後まで変えることはなかった。学園祭を見学に行ったときの上級生との交流の中で、自由で人格や主張を大切にしてくれる校風に「この学校こそ自分の行きたいところだ」と感じていたようだ。

 最終的に受験校を決める際、サピックスの先生は持ち偏差値と大きな差がある第一志望を認めてくださった。「人生において、チャレンジする機会を持つことは大切です」と(もちろん同時に、お守り校を選ぶシビアさも教えていただいたが)。結果に真剣に向かい合うようになったのは、全ての模試が終わった12月を過ぎてからだったと思う。

 正月特訓で志望校対策の問題を解いた日、「どうしても算数が50点を超えられない」と悔しがっていた。それまでそんな姿を見たことがなかった私は、本当に驚いた。1月に未着手の過去問をやるのは定石外かもしれないが、本人の希望で残っていた過去問を集中的に解いた。最後の3日間は、算数の過去問だけ6年分解いたと思う。それでもうまく解けなくて「もしかしたら記念受験になってしまうかもしれない」と半べそをかいていたことをよく覚えている。

 2月1日の午前と午後に「押さえ」と思っていた学校の試験が失敗に終わり、データで見た場合、間違いなく不可能に近かったはずの渋渋。しかし、彼女はやり通した。2月3日の午前、他校の試験の終わりを待ちながら、喫茶店でPCに並んだ数字を見たときのことが忘れられない。

 彼女は、最後の最後に過去のデータでは絶対に超えられないと思われるような壁を乗り越えることに成功した。もちろんそれは、辛いながらも、最後までやり通したサピックスの授業が基礎にあった事は間違いない。ただ私は、子供は大人の分析など軽々と乗り越えて成長する力を持っているということに感嘆した。

 娘はここから自分自身で、未来を切り開いていくことになるはず。あなたらしいやり方で、しかし慢心することなく、未来を作って欲しい。私はお弁当作りの修行をしながら、じっくりと応援していこうと思う。