Sのデサフィオ
「Mくんは、Aクラスです」 。合格点より1点上回った入室テスト結果を聞いた時に、何て運の良い子なんだろう。そう考える自分がいました。そして、伴走して何とか成績を上げ、彼の選択の幅を広げられるように。そう決意しました。
入室当初からは素直に私の出す課題をこなし、成績とクラスが上がって行く楽しさを覚えたようでした。しかし秋頃だったか、課題に反発し始めます。「やっても意味がない」「今はやりたくない」。想定よりも早い反抗期。後で反論の理由を尋ねると「先生の言う事の方が信頼出来たから」という至極もっともな理由でしたが、当時は言い合いはヒートアップすることもしばしば。振り返ると早くに訪れた彼の自主性に気づけていないだけでした。
大変だったのは5年生。自立心と、母親への甘え。続けたかったサッカーへの情熱と、対極となってしまった受験への道。その狭間で親子共に疲弊していきました。チーム内では「塾で勉強しているのは僕だけだ」と泣く彼に、「サッカーと勉学、どちらの才能にも恵まれているあなたはとても幸運。どちらも伸ばしていきなさい」と言い続け、1年間はサッカーを我慢。何とか乗り切りました。
6年生になり、彼と私たちが選んだゴールは「文武両道を叶える事が出来る学校」。自宅近くの学校を勧めましたが、彼は自分で絶対に譲れない「強豪校」への受験を固く決意していました。「自身のサッカースタイルと学校の部活の方針が似ていて賛同出来るから」というのが理由。決めたら最後、ブレることなくゴールに向かって、ステップを踏み切り込んでいきます。幼少期から感じていた事ですが、彼の情熱は周りの人を動かす力があります。全力で応援する事にしました。
6年生の秋。週末は自宅から片道1時間以上かかる受験予定校のコースを設置している校舎へ通う事に。2~3週間後には「もう慣れた」と友達を作り、「送迎もなくて大丈夫!」と元気な様子。成長ぶりに、息子は目的を成就するのではないかと密かに感じたのでした。
受験3か月前から彼はホワイトボードでカウントダウンを始めました。数字が減るにつれ、私はプレッシャーで胃痛。でも息子の成績は不変。彼はテストで緊張した事がなかったそうで、彼自身が最も自分の成功を信じていました。プレッシャーと流行り始めたウイルスが不安でたまらなくなった私を、息子は大丈夫と抱き締めてくれたのです。私が手を繋いで引っ張っていた息子は、いつの間にか手を離し、背中を見せて力強く先を進んでいました。
彼はこれからも挑戦し続けます。周りに批判する言葉があっても全て跳ねのけて進んでいき、そしていつの間にか周囲の声援を背に受けて、夢を叶えるのです。受験勉強が終わった今は、英語ではなくサッカーの為にとスペイン語を毎日少しずつ勉強しています。ちょっと面白くて優しい息子のおかげで、私はとても幸運な母になれたと思っています。