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子育てインタビュー Special

2026年11月号から転載

子育てインタビュー
森 重文 先生

京都大学 高等研究院
院長/特別教授 理学博士

森 重文先生 Mori Shigefumi

京都大学 高等研究院 院長・特別教授。数学者。専門は代数幾何学。1951年、愛知県生まれ。京都大学理学部数学科卒業、同大学院修士課程修了。1978年、理学博士。ハーバード大学助教授、名古屋大学理学部教授、京都大学数理解析研究所所長、国際数学連合総裁などを歴任。1990年、「ハーツホーン予想の解決、特に3次元代数多様体の極小モデルの存在証明」によりフィールズ賞を受賞。日本学士院会員。文化功労者。文化勲章受章。

フィールズ賞を受賞した
数学者からのメッセージ
「考え抜く」ことで培いたい
物事の本質を見極める深い知恵

数学界のノーベル賞と称され、日本ではこれまでに3人の数学者が受賞している「フィールズ賞」。そのうちのお一人が、京都大学 高等研究院・院長の森重文先生です。算数・数学のおもしろさはどこにあるのでしょうか。それを学ぶことによって、どのような力を養えばよいのでしょうか─。これから算数や数学の難問に立ち向かうお子さまに向けて、長年にわたって数学の世界を探究し続けてきた森先生からアドバイスをいただきました。

独り占めしたロールケーキ
褒められたうれしさが小さな自信に

わたしは京都大学高等研究院(KUIAS)※1の院長として、さまざまな研究業務を統括・管理しつつ、数学者として自分自身の研究にも日々向き合っています。専門は「代数幾何学」という分野で、数式を用いて図形や空間の構造を研究しています。

中学受験に挑戦する皆さんのなかには、算数に苦手意識を持つ人も少なからずいることと思います。実は、わたしも子どものころは、算数はもちろん、そのほかの科目もさして得意ではありませんでした。人見知りしやすく、目立つことが嫌いで、運動もどちらかというと苦手でしたね。両親は共働きで、放課後は学童保育の感覚で近所のお寺で開かれていた塾に通わされていました。塾ではテストのたびに成績上位者の名前が貼り出されていましたが、わたしの名前が載ったことは一度もありませんでした。

ある日のこと、小学3~4年生のころだったでしょうか。先生が「この算数の問題が解けたら、ご褒美をあげるよ」と、みんなにロールケーキを見せてくれました。わたしはテストの出来・不出来をまったく気にしない性格なのですが、その日はたまたま食い気か茶目っ気が出たのでしょう、スイッチが入ったように、一生懸命に考えて手を動かしました。すると、わたし一人だけが解けてしまい、ケーキを独り占めして持ち帰ることになりました。付き添ってくれた塾の先生から事情を聞いた両親は本当にびっくりして、手放しで褒めてくれました。子ども心に、それがとてもうれしかったですね。

とはいえ、そこから一気に算数が得意になった、などということはありませんでした(笑)。ただ、「一生懸命にやれば、自分にも何かできるのかもしれない」という小さな自信が心に芽生えたのは確かでした。

今、算数に対して苦手意識を持っているお子さんの多くは、実は能力が足りないのではなく、子ども時代のわたしのように、単に「食わず嫌い」になっているだけかもしれません。最初から「自分には無理だ」と決めつけず、わからない問題にぶつかったら、図を描いたり、数字を当てはめてみたりするなど、いろいろと試してみることです。わたしにとっての「ロールケーキ体験」のように、ちょっとしたきっかけで解け、しかもそのことを褒められれば、人は自然と前に進めるようになります。

※1:京都大学が世界最高水準の学術研究を推進するために設置した研究拠点。国のWPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)に採択された物質-細胞統合システム拠点やヒト生物学高等研究拠点などを擁し、国内外のトップ研究者が分野の枠を超えて研究に取り組んでいます。

学力コンテストで
難問と向き合う楽しさを知る

中学受験をして東海中学校※2に入りましたが、数学への興味が本格的に育ってきたのは、高校に進んでからでした。中学までの初等幾何は、補助線を一本思いつくかどうかの「当たり外れ」が大きく、おもしろさを感じる一方で、少し苦手な面もありました。しかし、高校で代数や解析幾何を学ぶと、筋道を立てて考えれば時間がかかっても答えにたどり着くことがわかってきて、一気に数学がおもしろくなってきました。

特に大きな転機となった出来事が二つあります。一つは、遠山啓先生の『数学入門』(岩波新書)という本を読み、円周率πや自然対数の底eが「超越数※3」であるという記述に出合ったことです。「超越数とは一体何だろう」と興味が湧いて、高校の図書室でヒントとなる本を探し回りました。そして見つけ出したのが大正時代に発行された「初等幾何学」という数学書です。漢字カタカナ交じり文で書かれ、古色蒼然とした本ではありましたが、eについての証明は見事なもので、みずみずしささえ感じて驚き、釘付けになりました。その証明を読み解いたときの感動は、今でも忘れられません。

もう一つ、私を数学の世界に引き込んでくれたのが、月刊誌『大学への数学』(東京出版)です。大学受験生を対象に、数学的思考力を身につけるための問題やその解説を紹介する雑誌で、数学好きの生徒や難関大学をめざす受験生に人気でした。このなかに、「学力コンテスト」という通信添削コーナーがあり、それに挑戦するようになりました。入試問題のような時間制限がなく、何日もかけてじっくり難問と向き合える点が魅力でしたね。

『大学への数学』の添削者とのやり取りも大きな支えでした。あるとき、自信のあった解答に低い点数がつけられ、どうしても納得がいかずに自分の考えを記した手紙を編集部に送ったことがあります。「どうせ相手にされないだろうな」と思っていましたが、添削担当の方は一人の高校生に向けて対等の立場で、非常にていねいな返事をくださり、わたしの解答は最終的に満点へと改められました。大人が対等に、誠実にわたしの立てた筋道に向き合ってくれたことが、どれほど大きな自信につながったかわかりません。

※2:東海中学校・高等学校は名古屋市に所在する私立の男子中高一貫校。国公立・私立の難関大学をはじめ、特に医学部に多くの合格者を輩出しています。

※3:有理数(分母も分子も整数である分数)を使った代数方程式の解には絶対になり得ない複素数のこと。代表例として円周率πや自然対数の底eが知られています。

フィールズ賞とは

国際数学連合(IMU)により4年に一度授与される、数学界で最も権威ある国際賞。「数学界のノーベル賞」とも呼ばれています。若い数学者の優れた業績を顕彰し、その後の研究を奨励することを目的にしているため、授賞年の年初時点で「40歳未満」に限られています。森先生は1990年、「ハーツホーン予想の解決、特に3次元代数多様体の極小モデルの存在証明」により、日本で3人目の受賞者となりました。

頭打ちになる暗記に頼った学び
子ども自身の「納得感」を大切に

森 重文 先生

わたしは昔から記憶力が良くなく、教科書を丸暗記することが本当に苦手でした。歴史の年号も覚えられません。だからこそ、「理屈さえわかっていれば、自分の頭で考えて答えを導き出せる」算数・数学の世界が心地良かったのかもしれません。

おもしろい問題に出合うと、興奮のあまり夜も眠れなくなってしまいます。何日も試行錯誤を繰り返すなかで、「これかもしれない」という着想が浮かぶと、忘れないようにメモに書き留めてから、床に就くようにしていました。朝起きてクールダウンした頭で見直すと駄目だったことも多々ありましたが、そうやって一つの問いを粘り強く抱え続ける姿勢が身につきました。

「算数を苦手とする子が、公式や解法のパターンを丸暗記して乗り切ろうとしてうまくいかず、苦しんでいる」という話を耳にすると、本当に残念に思います。暗記に頼った学びは、必ずどこかで頭打ちになります。大切なのは暗記した知識の量ではなく、子ども自身の「納得感」です。たとえばつるかめ算にしても、細かな解法のステップを一つずつ暗記する必要はありません。「もしも全部がつるだったら」という、たった一つの出発点の理由、それさえ腑に落ちていれば、あとは自然と答えにたどり着けるはずです。

数学の世界ではよく「美しい解法」という表現が使われますが、これは単に数式が見た目ですっきりと整っているといったことではありません。ほかの多様な問題にも幅広く応用できるような、汎用性と柔軟性を備えた考え方の筋道、それが美しさだとわたしは考えています。

そうした数学のおもしろさに魅了され、やがて大学でも数学を学びたいと考えるようになり、京都大学理学部に進学しました。ところが、当時は大学紛争がピークを迎えていて、せっかく入学しても授業が完全にストップしている状態です。でも、わたしはどうしても数学がやりたくて、仲間と自主ゼミを立ち上げ、好きな数学を徹底的に掘り下げました。誰かから強制されるのではなく、自発的に学んだ経験が、思考の幹を太く育ててくれたと感じています。

保護者の方々は、お子さんが問題を前にうんうん唸って悩んでいる姿を見ると、つい焦って「こう解くのよ」と模範的な解法を教え込みたくなるかもしれません。しかし、そこをぐっと我慢して見守ってほしいと思います。子ども自身が「なるほど!」と腑に落ちる瞬間を味わうことこそが、本当の伸びしろをつくるからです。

安易に答えに飛びつくのではなく
「なぜだろう」と考え抜こう

大学院から現在に至るまで、わたしが長く研究を続けているのは、数式を用いて図形や空間の性質を解き明かしていく「代数幾何学」という分野です。中学校や高校では図形や空間を把握するために2~3変数の数式を扱いますが、高等数学ではさらに高次元の数式を使って複雑な空間(代数多様体)を表します。代数多様体は高次元すぎて実際には目に見えないものですが、その本質を研究する過程で生まれたのが「極小モデル理論」です。極小モデルとは、複雑な図形の余分な曲線などをより簡単な図形に置き換え、これ以上シンプルにできない極限まで整理した、いわば「本質的な骨格」を取り出したものと考えればいいでしょう。2次元の曲面では極小モデルがあることがわかっていましたが、3次元の図形でも必ず存在すると証明したことが、フィールズ賞の受賞につながりました。

といっても、最初から「フィールズ賞を取りたい」などという大望を抱いて研究していたわけではありません。目の前にある「この空間はどう曲がっているのだろう」という純粋な疑問を粘り強く追いかけていった結果、幸運にも新たな理論の扉が開いただけなのです。

「そんな数学の研究が、一体何の役に立つのか」とよく尋ねられます。確かに、わたしの研究がすぐに便利な商品になるわけではありません。しかし、数学はあらゆる科学技術の源流となる学問です。たとえば、現代の医療現場に欠かせないMRIの画像診断は、19世紀に確立された「フーリエ変換※4」という波の解析理論が基礎になっています。また、インターネット通信の際にデータが乱れても正確に復元できるのは、代数幾何学を応用した「符号理論※5」が支えているからです。はるか以前に純粋な知的好奇心から探究された数学が、現代の産業や暮らしを根底から支えています。目先の有用性や利益だけを追求していては、物事の本質を見抜く深い知恵は育ちませんし、画期的な技術進歩も望めません。すべての子どもが数学者をめざす必要はもちろんありませんが、複雑な事象を筋道立てて分析するための「数理的な思考力」は身につけておきたいものです。どんな分野に進んでも生涯の強い武器になるはずです。

現代はAIが発達し、疑問を投げ掛ければ一瞬で答えが返ってきます。しかし、勉強の本来の目的は効率的に答えを出すことではなく、自分自身の思考力を鍛えることにあります。安易に答えに飛びつくのではなく、泥臭く手を動かし、「なぜだろう」と考え抜く時間を持ち、思考力を養ってほしいですね。算数でわからない問題に出合っても、落ち込んだり、あきらめたりしてはいけません。むしろ新しい世界を探検する出発点ととらえ、謎解きを楽しむような気持ちで、考えることに挑戦し続けてください。

※4:複雑な波や信号を、単純なサイン波・コサイン波の集まりに分解する数学的手法。フランスの数学者・物理学者ジョゼフ・フーリエ(1768〜1830)が熱伝導に関する研究で導入したフーリエ級数が基礎となっています。

※5:数式が描く図形の性質を利用して、情報を安全に正しく伝える方法を考える理論。デジタル通信の過程でノイズによりデータの一部が欠損・変形しても、数学的な関係性から元の正確な信号を復元することができます。

森 重文 先生

スクールデータ