江戸の上水井戸や木樋
「わあ、展示室は二つあって、1階は近現代、2階は江戸時代がテーマなのね。それじゃ2階から見たほうがいいかな。そうすれば、順を追って東京の水道の歴史がたどれるから」
「賛成!階段を上がると…。おーっ、木の樋や桶みたいなものが並んでいるよ。これらは江戸時代に使われていた水道設備なのか」
「樋は『木樋』といって、要するに水道管。江戸の町の地下には木樋が張り巡らされていて、川から引いた水が通っていたんだ」
「その水をくみ上げるのが、この桶のような『上水井戸』。町のあちこちに設けられていて、人々はここから水をくんで、自分の家に運んだんだね」
玉川上水と江戸の水事情
「江戸の上水道は、徳川幕府の計画によって整備が進められたんだ。その一つ『玉川上水』は、今から400年くらい前、玉川庄右衛門・清右衛門兄弟が工事を手がけたんだ。ここではアニメと人形劇で、工事の裏側に迫っているぞ」
「玉川上水は羽村から四谷大木戸まで水路を掘り、そこから木樋などをつないで、江戸の町に多摩川の水を流したのね。地形の高低差を利用して、水が自然に流れるようにしたんだ。すごい技術!」
「ほかにも『神田上水』など、江戸には六つの上水があったんだね。スイッチを押すと、それぞれの流路が光るこの展示の仕組みもおもしろいな」
「古文書もたくさん並んでいるよ。この絵図は玉川上水の取水口『羽村堰』を描いたもの。今も使われている堰なのね」
「水道橋」の由来は神田上水
江戸で最初に整備された上水の一つが、井の頭池を水源とする神田上水。現在の御茶ノ水付近には、神田上水を神田川の対岸に渡すため、水を通す木製の「掛樋」が架けられていたんだ。これが水の橋、つまり「水道橋」という地名の由来なんだよ。
江戸長屋
「わーい、実物大の長屋の再現だ!ここをぐるっと回れば、江戸の庶民が暮らしのなかで、水をどう使っていたかがわかるんだ」
「ふむふむ、どの部屋にも必ず桶とひしゃくが置いてあるな。あっ、敷地の共用部分に井戸を発見!これが例の上水井戸だね」
「なるほど、それぞれの家に水道が引かれているわけではなく、人々はこの井戸の周りでおしゃべりしながら、お米を研いだりしたんだ。物干しざおには、洗濯物も掛かっているわ」
「このコーナーはAR対応で、受付で借りたタブレット端末をかざせば、AR動画が見られるのか。あっ、浮世絵から抜け出てきた人々が水をくんだ!これは楽しいぞ」
明治以降の近現代水道の導入
「さあ、今度は1階の近現代のコーナーだ。東京の水道が近代化したのは、明治時代の半ばになってから。このころ、伝染病のコレラが流行したこともあって、浄水場と鉄の水道管が必要だという声が高まったんだね」
「そこで海外の技術も取り入れながら、西新宿に『淀橋浄水場』を建設。1898年12月に、神田・日本橋方面に水を流し始めたのね。その後、ろ過池が完成して、ろ過した水が給水されるようになったんだ」
「このとき、日本人技師として活躍したのが、『近代水道の父』こと中島鋭治博士。フロアには昔の鉄の水道管なども置いてあるぞ」
「わわわ、これは『馬水槽』の複製だって。ロンドンから贈られたもので、牛馬用・犬猫用・人間用と、三つの水の飲み口がついているよ。すてきなデザイン!」
近代水道の成長
「今は『東京都水道局』が東京の水道を管理しているけど、昭和初期ごろまでは、いくつもの水道事業者がそれぞれ水道を運営していたのね。郊外には町独自の水道や、民間会社の水道も通っていたんだ」
「やがて、当時の東京市の水道に統合されるなどして、東京の水道網はどんどん拡大。ただ、20世紀は災害も多かったから、水を安定して送ることは、簡単ではなかったんだね」
「たとえば、1923年の関東大震災では水道施設が大きな被害を受け、各地で断水したのね。ほかにも台風や空襲などによる被害もあって、人々は復旧に力を尽くしたんだ」
「でも、その積み重ねで技術も高まり、今の東京の水道があるわけだ。この金属の輪は、現在の水道管の見本だね。最大のものは口径が2.9mもある。迫力があるなあ」
水の道の発展
「戦後は水の使用量が急増。新しい水源が必要になり、ダムの建設が本格化したんだ。奥多摩の小河内ダムは1957年に完成し、今でも水道専用ダムとしては、日本最大級なんだね」
「こっちは漏水対策だよ。水道管の多くは地下に埋まっているもの。水が漏れているかどうかは、専用の装置を使って、地下から聞こえる音を確かめて調べるのね」
「1990年代からは、より安全でおいしい水を届けるために、高度浄水処理を行うようになったのか。おっ、水道水の試飲コーナーだ。飲んでみると…うん、すっきりした味だね」
「現在の水源と供給ネットワークについてのパネル展示もあるわよ。東京の水道には、都外にあるダムや貯水池からも水が送られているのね」
水と暮らしの移り変わり
「ここは年表コーナーね。近現代の出来事の解説のほか、明治・大正・昭和の3時代の水に関するトピックス展示も添えてある」
「近代水道が誕生したのは明治時代。町には鍵をかけて管理する『共用栓』がいくつもあって、みんなでこの蛇口を使ったんだ」
「大正時代には関東大震災が発生。水道設備が大きな被害を受けたため、人々は水の配給を受けるなどして、復旧までの間をしのいだのね」
「昭和の高度経済成長期には、庶民の暮らしも様変わり。団地などの住宅に風呂や水洗トイレが普及し、洗濯機も広まったことで、水の使用量が格段に増えたんだって」
見学を終えて…
「ぼくは都内に住んでいるけど、東京の水道の歴史なんて、ここに来るまで考えたこともなかったんだ。実は400年も続いていて、しかも昔から使われてきた水道施設の一部は、今も現役なんだね。びっくりした」
「わたしも。それに館内には実物資料のほか、原寸大模型もあったじゃない。長屋もそうだし、1階では村山貯水池(通称・多摩湖)の取水塔のドーム屋根を再現していたでしょ。実際の様子がイメージしやすくて、見て回るのが楽しかったよ」
「東京都水道局が運営するPR施設の一つが、1995年に開館したこの『東京都水道歴史館』なんだ」
「あの江戸長屋のARもおもしろかったよね。上水井戸の構造のわかりやすい解説も入っていてさ」
「うん。ほかにクイズコーナーもあって、とても入場無料とは思えないほどの充実ぶりだよね」
「水道歴史館では、いろいろなイベントも行っているよ。毎年秋には『東京文化財ウィーク』の時期に合わせて、所蔵する古文書『上水記』の実物を特別公開。2026年は10月24日から11月3日までだから、興味があればまた来るといいよ」
「『上水記』って、2階で紹介されていた江戸時代の上水の公式記録?」
「その本物が見られるんだ。貴重な体験になるね」
屋外展示
館内をひと巡りしたら、屋外の展示物もチェックしよう。建物の周囲には、神田上水の石樋(水道管)と白堀(水路の護岸)を移築したものがあるんだ。江戸時代の人々が使った水道の一部を、実際に見られる貴重な展示だよ。
もう一つは、日本の近代水道を支えた中島鋭治博士の旧宅にあった井桁。井戸の周りの囲いが移築されていて、当時の暮らしの一端をうかがうことができるんだ。こうした遺跡・史跡を眺めながら、遠い時代の水道の歴史に思いをはせてみて。
INFORMATION
東京都水道歴史館
●開館時間
9:30 ~ 17:00(入館は16:30まで)
●休館日
毎月第4月曜(祝日・振替休日の場合は翌日休)、年末年始(12月28日~ 1月4日)
●入館料
無料
所在地:東京都文京区本郷2-7-1
TEL:03-5802-9040
交 通:JR・東京メトロ丸ノ内線「御茶ノ水」駅、東京メトロ丸ノ内線・都営大江戸線「本郷三丁目」駅より徒歩約8分
JR・都営三田線「水道橋」駅、東京メトロ千代田線「新御茶ノ水」駅より徒歩約12分