ラーメンの元祖は中華街の「南京そば」?
昨日の夜はみんなでラーメンを食べに行ったんだ。
えっ? 好物のカツ丼ではないの?
うん、ラーメンが食べたかったんだ。でも、お店がいっぱいあって、どこにしようか、迷っちゃったよ。
お店ごとにいろいろな味があるよね。ラーメンって、中国から来たんでしょ。だけど、中華料理って感じはしないよね。
ラーメンはいつ日本に伝わってきたの?
はっきりとはわかっていないけど、初めて食べた人としてよく名前が挙がるのが、徳川家康の孫で「水戸黄門」とも呼ばれた、水戸藩主の徳川光圀だよ。光圀は外国の文化を積極的に取り入れたそうで、明から来た学者が作った中国麺の「汁そば」を食べたら気に入って、自分でも作って家臣に振る舞った、といわれているよ。
それがラーメンなの?
そういわれているけど、あくまでも中国の高級な麺料理で、今のラーメンとはかなり異なるものだったようだね。庶民の味として親しまれるようになったのは、明治時代になってから。外国との交流が盛んになると、横浜・神戸・長崎といった港町に、中国人が多く居住する中華街ができたんだ。そのなかのお店が大衆向けの麺料理を出すようになり、日本人の間でも「南京そば」と呼ばれて評判になったんだ。そこからラーメンが広く知られるようになったそうだよ。
へえー。明治時代のラーメンってどんな味だったんだろう。おいしかったのかなあ。
麺は細く、スープは塩味であっさりしていたようだよ。それを日本人好みのしょうゆ味に変えて提供するお店が出てきて、特に屋台でラーメンを出すお店が増えていったんだ。ラーメンは熱源があれば調理できるし、屋台なら商売を始めやすいからね。
屋台って、お祭りとか縁日で見るお店よね。
お祭りの出店とは違って、車輪が付いていてそのまま引いて移動していけるお店だよ。キッチンカーみたいなものかな。夕方になると、チャルメラという木管楽器を吹きながらやってきた屋台に、仕事帰りの人などが立ち寄って気軽に食べるようになったんだ。
食糧難の時代に笑顔を運んだ屋台の灯
その後、太平洋戦争があって、日本はラーメンどころではなくなったんだ。食材も不足し、日本中が深刻な食糧難になったんだよ。でも戦争が終わると、焼け野原になった各地で「闇市」という自由市場のようなものが生まれ、そこでまたラーメンの屋台をやる人が増えてきたんだ。日本に駐留していたアメリカ軍を通して、小麦粉を手に入れることができたという事情もあったからね。食べ物がなくて困っていた時代に、安くて高カロリーでボリュームがあるラーメンは、日本人にとって願ってもない食べ物だったんだよ。
大変な時代だっただろうけど、ラーメンを食べると笑顔になれたかもしれないね。
そうだね。1950年代になって日本の経済が復興してくると、各地でラーメン店が急増して、その土地の特徴を生かした味のラーメンが作られるようになっていったんだ。
博多豚骨ラーメンとか、札幌味噌ラーメンとか?
それがご当地ラーメンの始まりだね。今ではそれぞれの地域の食文化を反映したご当地ラーメンが全国に100以上もあるよ。インスタントラーメンが誕生したのもこのころ。世界初のインスタントラーメンの商品名が「チキンラーメン」だったことから、「ラーメン」という名前が広く使われるようになったんだ。
それまでは「ラーメン」っていう名前じゃなかったの?
「中華そば」などといわれていたよ。その後、インスタントラーメンをきっかけに、日本のラーメンが世界に広まっていったんだ。インスタントラーメンは今、いろいろな国で作られていて、特にアジアの国が自国になじみのある味に変えて製品化しているよ。スープの味を変えれば、その国ならではのラーメンが作れるよね。
それだけラーメンはアレンジしやすいってことなのね。
これからは世界でも新しいラーメンがどんどんできるかもしれないね。
戦後のラーメンの発展
保護者の方へ
ラーメンといえばスープと麺。鶏ガラや豚骨、魚介、昆布などスープの素材は多種多彩。麺も太さや硬さ、製法などで違いが出ます。これに具材のバリエーションが加われば、新しいラーメンが無限に作れそうです。
ラーメンは、明治時代に中国から来た人たちが作っていた麺料理から発展しました。そばやうどんに比べれば歴史は浅いですが、その短い期間に新しい味が次々に生まれ、海外でも人気を集めるまでになりました。外から入ってきたものを上手に吸収し、アレンジして日本独自のものに発展させる。ラーメンは、そんな日本文化の受容性と柔軟性を象徴する料理といえるかもしれません。