受験ライフをサポートする 進学情報誌 さぴあ

さぴあは、進学教室サピックス小学部が発行し、内部生に配布している月刊誌です。

さぴあインタビュー/全国版

「自調自考」の実践と
「渋幕的自由」の風土が
世界で挑戦する力を育む

渋谷教育学園幕張中学校・高等学校 校長 田村 聡明 先生

多様性のなかで養う豊かな人間性
今後の生き方に大きくかかわる

先生写真
校長 田村 聡明 先生

神田 これからの40年にも期待が寄せられますが、校長として今後に向けた新しいビジョンをお持ちですか。

田村 これから先の教育を考えるうえで、日本が遅れていると感じる部分があります。一つはデジタル化です。社会生活における急速なデジタル化を考えると、教育現場での取り組みは避けられません。また、金融教育も必要だと思います。日本は品質の高い製品を作って世界に提供することで経済大国になりました。しかし、これからはそれでは立ち行きません。経済が少しずつでも成長していけば、社会は生き生きと活動していけますが、この30~40年間、日本は成長ができずに止まっています。もちろん、ものづくりはベースとして非常に重要ですが、世界はもう金融で勝負をしているわけですから、考え方を転換しなくてはなりません。

神田 世界に先駆けて産業革命を起こし、19世紀には「世界の工場」と呼ばれたイギリスの製造業は新興国の技術力が高まるにつれ、その地位が低下し、衰退した経済を再び活性化させたのは金融業でした。しかし、リーマンショック以後、その成長も停滞しています。世界中を金融危機に巻き込んだリーマンショックのとき、ウォール街に20年以上身を置く日本人金融マンが、『強欲資本主義 ウォール街の自爆』という本を書きました。金融業は本来、顧客第一主義であるべきなのに、個人の利益だけを追究して証券の売買をする浅ましいトレーダーが増えたというのです。倫理が失われ、共感する心が急速に衰えたところで、どれだけ金融を動かしても、社会を幸せにできるような成長にはつながらないというのです。

キャプションあり
上/開校当時、銚子市の篤志家から寄贈された茶室。茶道部の活動拠点でもあります
下/理科棟の1階から3階まで理科関連施設を配置。写真は第2化学室です

田村 そのとおりです。突き詰めていくと、大切なのは道徳教育なのです。世界のルールは自分たちが主体的に決めていかなくてはなりません。法律と同じです。法律は社会生活を送るうえで守らなくてはならないものです。だからといって、法律を守ってさえいればいいのか、あるいは法律に定められていないのなら何をやってもいいのか。抜け道として利用してもうけようなどというのは倫理として話になりません。そうならないよう、より良い社会を構築するにはどう行動していくかをみんなで考え、決めていくことが大切なのです。

 しかし、話し合って決めたことよりも優先されることが出てくると、戦争になってしまいます。たとえば、ロシアのウクライナ侵攻です。ロシア民族の文化を優先し、どんなことがあっても違う文化が入ってくるのは阻止しなくてはならない、だから武力を使うのは正当だという考え方です。イギリスのEU離脱も、根本は文化が違う人たちがこれ以上入ってくるのは嫌だという反応です。この部分は今後の社会における最大の不安定要素だと思います。

神田 そうした流れは、アメリカ合衆国前大統領のトランプ氏が繰り返す「アメリカファースト」ということばや、最近のヨーロッパで移民や難民を排斥する勢力の台頭にも表れています。自分さえよければ、自国さえ発展できればいいという価値観が、確かに広がっているのですね。こうした世界的風潮のなかで、いかに人間性を保ち、倫理を守れる人に成長できるかは、設立以来、ダイバーシティを大切にしてこられた貴校の教育が大きな役割を果たすのではないでしょうか。

田村 特に中高生の時期をどう過ごすかは、その後の人生に大きく影響します。働き方は変わり、直接会うことなくコンピューターを通してやり取りするように変わりつつあります。そうなると人間同士の関係性がより大切になってきます。人間というものをよく知らないと、下手をしたら相手がAIなのか人間なのかわからなくなりかねません。多様な人がいることを知り、お互いに理解し合うことが大切なのです。それができるのが学校であり、12歳から18歳までの間に多様な人がいる環境で共に学ぶことは非常に重要です。

23年3月号 さぴあインタビュー/全国版:
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