我が家の合格体験記 ~愛があれば大丈夫~
第一子からサピに通った八年間。私は『受験の軌跡』が苦手でした。「親はプリント整理と弁当作りだけで合格」とあっても、本当に? と思ってしまい…。ここからは、受験並走中に私が本当に読みたかった受験の軌跡を書いていきます。
我が家は小二でサピに入室。中間層スタートで、テスト成績不問の低学年で入れておいて正解と思いました。三年までは籍確保の感覚で、サピの勉強よりも日本中を旅し、大好きな昆虫採集や実験中心の毎日でした。
四年。最初の学校説明会が偶然聖光でした。息子はがっちり心を掴まれてしまい、帰宅後私は少し後悔しました。息子よ、偏差値が足りない。しかし三年までの日々が奏功し、理科のマンスリーで満点を叩き出すと、一気に最上位クラスに躍り出ました。ご褒美にねだられたゲームを買い与え五年でも最上位ブロックを維持し、この先に合格があるのかと甘い期待を抱きました。
事態が急変したのは五年のGW明け。突然の体調不良で学校・塾・家庭学習が完全にストップしました。積み上がる欠席教材。息子は毎日約十時間ゲームと動画。私は家の前の公園でサピの先生に電話し、号泣しました。
そこからは腹を括りました。「親はプリント整理と…」もよそはよそ。目の前の我が息子を見て、都度必要なサポートは何かを考えました。サピのポイント解説動画は一緒に見て、夏期講習の復帰後は、炎天下アイス片手に息子のリュックを背負って一緒に登下校しました。
五年の学習の穴は大きく、六年には積み上げ科目の算数偏差値が30~40まで低下。得意の理社で稼いでも、配点の高い算国で打ちのめされます。息子は質問教室に行かなかったので、親から相談。まずは国語の先生にアドバイス頂くと、秋頃から国語はにゅるっと向上しました。
しかし夏以降約三時間のゲームを封印しても、算数が上がりません。SS(弁当は父担当)が始まると、這えば立ての声掛けばかり。
そこで、過去問を親子で競争して解くことにしました。面白くて骨のある問題を作る聖光・駒東の先生方に親子で惚れ込み、難しい問題に挑戦する息子に尊敬の念を抱くようになりました。しかし11月に駒東算数で16点、1月に聖光合格最低点マイナス63点。ここから上がるのか?! 不安でたまりませんでした。
しかし冬期・正月で明らかに力をつけた息子は、元旦の家族全員対抗で駒東算数90点と自己ベストを更新。男の子は最後に伸びるというのは本当でした。そして駒東合格。聖光は残念…、が何と17日に繰り上げ合格。当初無理と思ったのは母。息子の執念勝ちでした。
息子の底力とサピを信じる。親の不安を子にぶつけず、サピの先生に電話する。息子にとことん付き合う。差し馬男子の中受は本当に大変でしたが、家族皆で応援し、息子が最後は一人で爆走していくのを目撃できた事は、我が家の一生の思い出となりました。欠けていい日は一日も無い。先生方ありがとうございました。