ユルネバ
神戸に発つ前夜、車庫に保管していた6年分のテキストの山を眺めた。これだけ積み重ねてきたのだから、どこに進学しても彼はやっていける。いや、これだけ積み重ねてきたからこそ、合格を勝ち取らせてやりたい。どれだけの時間佇んでいたか覚えていないが、真冬の冷たい風で我に返った時、妙な達成感とともに自分が冷静と情熱の間にいることに気づいた。
「神社なんて行く必要ねーだろ。力でねじ伏せてくるから」
受験前日に神頼みしたい父をよそに、逞しく成長した息子の心強い言葉に涙が出そうになった。どういう結果であれ、彼自身がそれを受け止められるだろうし、私は灘中の受験を通じて息子が強い男になることを願った。
小学校入学と同時に通い始めたSAPIX、それは「這えば立て、立てば歩めの親心」で過ごした父と、「気ままに知的好奇心を満たそうとする」息子の6年間だった。妻が仕事人間のため、私が全てのテキストに目を通して全てを管理した。自分よりも子どもが優先という親として当然の自覚が芽生え、母親に育児を丸投げする父親が非難される時代の先をいく父親でありたいと、いつしか考えるようになっていた。
低学年時は遊び相手、高学年時は師範と弟子、受験期は監督と選手のような関係を心がけた。子どもと遊べない親が、突然「勉強しなさい」と言ったところで、子どもが従うはずがない。子どもが興味を抱く分野を親は予測できないが、それを4教科の何がしかに落とし込むのは、親の力量だろう。街で素数や平方数を見つけると喜ぶような算数男子だったので、算数に関しては彼の気が済むまで先鞭をつけた。
一方、受験には苦手科目の克服は大切で、国語には本当に手を焼いた。気の進まない教科にも向き合うことが受験勉強だとするならば、息子の受験勉強は6年の秋からだった。「どこをどう読んだら、そうなる?」と笑ってしまうような息子名物の記述珍回答も、6年の秋には全く笑えなかった。受験を抜きに、「彼は、このまま言葉が通じない、人の心がわからない大人になってしまうのではないか」とさえ思う有様だった。
国語は子どもの精神的な成熟度が反映されやすいが、その点でもSS特訓の教材は大変に質が高かった。最後の1か月、SSの国語を彼自身の言葉で記述できるよう、丁寧に時間をかけて取り組んだ。全ての教材をやりきった時、最後のピースがはまったと感じる瞬間が来た。この1か月がなければ、あの自信に満ちた発言はなく、入試本番で出題されたパレスチナに生きる子どもの心情をテーマとした詩をつゆほども理解できなかっただろう。
受験校全てから合格を勝ち取った今、中学受験に大切なのは、親が各教科の正しい羅針盤を持つこと、そして、親は子を子は親を信じて最後の一日まで走り続けることだと思う。
You’ll never walk alone(君は一人じゃない).