挑戦することに無意味はない
息子が初めて開成中学校を知ったのは、小学3年のときでした。こたつの上にあった『中学受験案内』をめくりながら、「この学校に行きたい!」と言ったのです。小さな指が示していたのは、開成のページでした。親としては驚きのほうが大きかったのを覚えています。北海道に住んでいた私たちにとって、それはあまりにも遠く、簡単に届く場所ではありません。偏差値という言葉も知らない息子に、すぐにうなずくことはできませんでした。
私たちの地元では中学受験は一般的ではなく、まずは情報を得るために近くの塾を見て回りました。最初の入塾テストでは答案用紙のほとんどが白紙で、漢字も九九も十分ではなく、私は思わず言葉を失いました。当時の立ち位置を確認するための挑戦だったとはいえ、その結果は厳しく、一時は「開成」という二文字を心の奥にしまい込みました。遠い夢を見るより、まずは目の前の基礎から積み上げるところからのスタートでした。
個別指導の塾で学習習慣を整え、その後集団塾へ通い、息子はできることを少しずつ増やしました。親として意識していたのは、少し背伸びをすれば届く目標を示し続けることです。小さな達成感を重ね、自分は成長できると感じてほしかったのです。振り返れば、この時期が親にとって最も忍耐を必要とした時間でした。高学年になるにつれ、首都圏との情報や環境の差を実感しました。開成合格者の多くがSAPIX生であることも知り、本気で目指すならその中に入るべきだと考えるようになりました。
5年の春、公開テストを受けるために東京に向かい、私たちは初めてSAPIXの門をたたきました。夏期講習を受け、息子の「SAPIXに入りたい」という言葉に背中を押され、後悔のない環境を整えてあげたいと強く思い、上京を決意しました。慣れない土地での生活は、決して楽ではありませんでしたが、教室で出会った仲間や先生方の存在が、息子を大きく成長させました。周囲の努力量、姿勢、真剣さの中に身を置くことで、「開成」が少しずつ近くに感じられるようになったのだと思います。親に言われてではなく、自分で決めて進もうとする、その変化こそが、何より大きな成長でした。
親として「できることはやり切った」と言えるくらい、私自身も本気で開成を目指すことができました。それは、本気で努力する息子の姿が、私にも勇気を与えてくれたからです。こたつでページをめくっていた小さな指。その先にあった学校が、息子の母校になるのです。想像もできなかった未来です。挑戦することは、どんな結果であっても無意味にはなりません。これからも、息子の挑戦に背中を押せる親でありたいと思っています。